りりーちゃんのイタズラと亀梨和也さん

早いもので、2025年も、年の瀬となりました。
皆様は、お元気でお過ごしでしょうか。
りりーちゃんは、現在11歳になりますが、以前と比べると、少し体力が落ちてきたのかな?と思います。
今も若いですが、もっと若い頃は、本当によく動いていました。
今は、その頃に比べると、少し落ち着いてきました。
りりーちゃんの大変な一日について

皆様お元気でお過ごしでしょうか。
お元気でお過ごしでいらっしゃると良いな‥と思います。
早いもので、2024年も大晦日となりました。
今年は、9月に一度、こちらのブログの更新を行いました。
里親さんを応援する、はてなブログと楽天株式会社の企画に参加した記事になります。
コバタンの、りりーちゃんは、ワシントン条約サイテス1類、絶滅危惧種になります。
りりーちゃんの取扱、譲渡などは、環境省の種の保存法に従わなくてはいけません。
相次いで両親が他界して、私一人になってしまった我が家ですが、今年は、両親の一連の死後事務がようやく一段落ついたのですが、そんな中、おひとり様の自分の死後は、誰が自分の死後事務を行ってくれるのだろうか。
りりーちゃんが残された場合の取扱についても、考えさせられる一年になりました。
りりーちゃんの場合は、私が飼えなくなり里親さんにお譲りする時には、環境省の登録票が必要になります。
私の死後について考えると(私よりりりーちゃんが長生きした場合)、りりーちゃんの手続きをして下さる方が環境省種の保存法により必要になり、相続人にお願いできそうにない場合は、遺言書を作成して、りりーちゃんをお願いする方を指定する必要などがあることも、環境省に問い合わせをして分かりました。
相続人がいらっしゃらない場合で、遺言書の作成(お願いできる方の指定)もない場合は、登録票があっても、里親さんへの譲渡もできなくなるということでした。
この場合は、動物園と一部の学術施設への移動しかできなくなります。
私の場合は、相続人は、親族で数人いるのはいるのですが、りりーちゃんの手続きなどをお願いできそうにはない為、りりーちゃんの為に、遺言書を作成しないといけないことが分かりました。
遺言書については、後日、私が実際に作成してからブログにお知らせしたいと思います。
登録票を取得すれば、必ずしもひと安心という訳でもないことが、ペットとして飼育されるワシントン条約サイテス1類の面倒なことであり、大変なところだと思いました。
それでは、前置きが長くなりましたが、「りりーちゃんの大変な一日について」記載したいと思います。
りりーちゃんは、現在10歳ですが、2歳になる直前に毛引きが始まりました。
毛引きは、ある日突然始まりました。
人で例えるなら、青春のシンボル、ニキビのように、本当にある日突然でした。
りりーちゃんは、中高年三人家族の我が家で、生後4ヶ月の頃から可愛いがって育て、子供の頃からベタ馴れの白色オウムでした。
毛引きを初めた直接の原因は、私が多忙で、りりーちゃんの希望通りに接してあげれなかったことが、一番の原因だと思います。
(家の大規模リフォームを行った為、短時間で大掛かりな引っ越しを二回行うという、目まぐるしく環境の変化が丁度起きた時でした)
毛引きを初めた日も、「もっと遊んで!!」とせがむりりーちゃんにお留守番をお願いして、お留守番中のりりーちゃんは、リビングで放鳥しており、母と一緒でしたが、私に遊んでもらいたかったようでした。(引っ越し先では、貸家だった為、りりーちゃんがイタズラして家を破壊しないように、私は、ドライブに頻繁に連れて行ったり、りりーちゃんと一緒に遊んでいる時間を多くとりました。リフォームが終わり、家に帰ってくると、母は肺癌の闘病中でしたので、私がやらなくてはいけないことが多くあり、りりーちゃんの希望通りには、遊んであげられませんでした)
ほんの数時間、3時間以内の留守中に、バードジム周辺に、りりーちゃんの羽が50羽位落ちていて、私は、衝撃を受けました。
落ちている羽は、未だ生え始めた羽ばかりで、一目瞭然で、りりーちゃん自身が抜いたことが分かる状態でした。
その日を境に、りりーちゃんの毛引きが始まりました。
りりーちゃんの毛引きは、その後、良くなったり、悪くなったりを繰り返して、現在の10歳に至ります。
その間、りりーちゃんを見守る過程で思ったことは、毛引きは、まず個々の鳥の体質がありそうだな…と思いました。
それは、親鳥からの遺伝かもしれませんし、鳥の性格的なものなどです。
人の病気も、体質が関係してくる場合は、多くありますし、例えば、肌、ニキビについても、体質的なものが影響してくるかと思います。
そして、毛引きは、発情と関係がありそうだな…と思いました。
二歳直前で始まったりりーちゃんは、お年頃の時期にもさしかかったのかな?と思いました。
ホルモン的な影響です。
雛の頃から毛引きをする鳥は、少ないと思います。
白色オウムは、成長の過程で、毛引きを始める場合が多いと思います。
白色オウムの飼い主さんの多くを悩ませる問題は、毛引き、毛齧り、オーバーグルーミング、自咬症など、鳥の羽や皮膚を傷つける行為だと思います。
又この問題は、かなり多くの白色オウムに発生しています。
羽のコンディションに問題のない白色オウムが、少ないと思います。
ここ数年、りりーちゃんの毛引きは、酷くなっていました。
2020年に、りりーちゃんの遊び友達的な存在の父が、肺癌の手術をし、自宅には戻ってきましたが、その後予後が悪く、日に日に元気がなくなっていきました。
2021年春頃から、りりーちゃんの恋人的な存在、大好きな母が、本格的に具合が悪くなり、肺癌の末期癌の状態になりました。
癌の影響による脳梗塞、動脈硬化などで、歩行困難になり、車椅子生活になりました。
亡き両親は、施設やホスピスには行きたくない、自宅で過ごしたいという気持ちがが強かった為、両親同時に自宅介護のような状態が、私も始まりました。
両親共に、入退院、通院、家にもヘルパーさんや看護師さんがいらっしゃいますので、りりーちゃんは、お留守番の時間が増えました。
両親は、幸いなことに、亡くなる迄(両親共に、自宅で亡くなりました)頭がはっきりとしていて、りりーちゃんの面倒を見なくてはいけない。私の負担を少しでも軽くできるように手伝いたいと思っていたようでした。
寝たきりのような状態でも、りりーちゃんを見ようとしてくれて、りりーちゃんも、両親が寝たきりの状態でも一緒に過ごせることを、喜んでいました。
両親の介護が始まると、りりーちゃんの毛引きは、又少しづつ悪化しました。
私も、以前のように構ってあげられず、母は、余命宣告を受けていましたので、私自身も、精神的にも肉体的にも余裕がありませんでした。(母は、13年前から肺癌の闘病生活を続けていました)
更に不運なことが重なりました。
自宅東側の古い大規模マンションの取り壊しが、その頃同時に始まりました。
大規模マンションが、取り壊されて、跡地に16軒の戸建ての分譲地が完成する迄、約三年がかかりました。
その間、マンション倒壊、戸建て建設による大変な騒音が、日々響き渡ることになり、音のストレスも多大なるものでした。
鳥さんは、音に敏感な為、特にマンション倒壊の聞いたことのないような爆音が続くことは、りりーちゃんの毛引きを悪化させた一つだと思います、
2022年に父が自宅で亡くなり、2023年に母が自宅で亡くなりました。
りりーちゃんの最愛の友達である、両親を見送るという、りりーちゃん自身も大変な使命も背負うことになりました。
りりーちゃんは、とても哀しかったですが、大変立派に、両親を見送りました。
精神的にもとても成長して、頑張ってくれたと思います。
大型鳥を飼育していると(ベタ馴れの大型鳥で日々密接に関わっている)、人間の子供のように、精神的に成長したな…と感じる瞬間が度々(数年に一度位のケース)であります。
りりーちゃんは、未だ10歳ですが、二人の愛する人との別離も経験させてしまいました。
両親も、りりーちゃんが最後迄近くにいて、慕い続けてくれたことに、癒しを感じてくれていたと思います。
母が、亡くなる直前に、りりーちゃんを撫でながら、「未だこれから長く生きるのでしょう。凄いわね。いいわね。」とりりーちゃんに話しかけていました。
アニマルセラピーのように、りりーちゃんには、癒し能力もあるかと思いました。
それは、人の力ではなかなかできない、時空を超えるような、アニマル特有の不思議な能力があるように思えました。
そして両親他界後の、自宅でのりりーちゃんの環境は、一人暮らしになってしまった私とりりーちゃんという、今迄とは全く違う環境になってしまいました。
私自身は、両親の介護は終わりましたが、実の両親が続けて亡くなるということは、役所の手続きや法事やら、お墓建立や、両親のご友人の対応迄、様々な事柄で、しばらくの間、本当に何かと大変で、更に私自身は、更年期障害の症状も酷く、生きていくことがやっと…と迄は言いませんが、一人暮らしの生活に慣れていくことが大変な日々が続いていました。
ベタ馴れの白色オウムのりりーちゃんは、甘えん坊さんで、日々とても手がかります。
毛引きは、精神的なストレス(寂しさなど)だけではないと思いますが、環境の変化や、自分が構って欲しい時に構ってもらえなかったなど、様々な理由があると思いますが、今回、りりーちゃんに発生した症状は、胸元の自咬でした。
りりーちゃんの自咬が起きたのは、4月の始めでした。
自咬は、又突然起きました。
私は、仕事で大変忙しくしていました。
自咬症が起きる数日前迄は、普段と変わらないりりーちゃんに見えました。
りりーちゃんに「何しているの?」と私が尋ねましたら、「枝豆食べてるよ」とお返事してくれて、枝豆を美味しそうに食べる姿を見せてくれて、楽しそうにも見えました。
自咬が起きた日も、私は忙しくしていて、りりーちゃんの放鳥中に、「もっと撫でて!」とせがむりりーちゃんの前で、寝落ちしてしまいました。
りりーちゃんが、撫でてもらうことを諦めている姿を半分寝た状態で見て、私は、「申し訳ないな…悪いな…りりーちゃん、聞き分けが良くてえらいな…などと思いました。
りりーちゃんには、知らず知らずの内に、今迄当然あったりりーちゃんの望む環境を、我慢させる…という困難な難しい状態が続いていた時であったと思います。
そしてその後、私が起きた後に、りりーちゃんは、毛引きをして出血をしていました。
出血は、少し酷いような感じがして、長年かかりつけ医の、グローバル動物病院の広瀬先生に電話で相談しました。(丁度、午前の診療中でした)
広瀬先生に、りりーちゃんの様子を話したら、「毛引きの羽が、抜ききれずに残っていると、出血が止まらないので、抜いて下さい。」との指示が出ました。
私は、放鳥中で、出血していて飛び回る、パニック気味のりりーちゃんを何とか保定して、確認しましたが、その時は、羽も綺麗に抜けて、皮膚にも傷はないように見えました。
その後一時間以内で出血は、止まりました。再度グローバル動物病院の広瀬先生お留守で、奥様先生にご相談差し上げて、様子を見ましょうということになりました。
我が家から動物病院迄は、車で一時間かかりますので、パニック気味のストレスフルのりりーちゃんを連れ出すことも心配でしたので、その日は、安静にさせました。
りりーちゃんは、0歳児の時に、足を怪我したことがあり、その際に、掛川花鳥園の獣医師さんに電話にて相談したことがありました。
鳥は、明るい場所では、余程具合が悪くない限り、活動してしまう習性があり、具合が悪いのに動いてしまう為、掛川花鳥園では、りりーちゃんのような足を怪我した直後などの場合は、お部屋を暗くして、動かないようにしてもらう…とお話し頂きました。
そのお話しを思い出し、りりーちゃんを落ち着かせる為にもケージに入ってもらい、暗幕をかけました。
りりーちゃんも、パニック気味で疲れていたようで、その日は、寝てくれました。
そして翌日、Xデーはやってきました。
りりーちゃんは、翌日も又、胸元がどうしても気になるようでした。
私がなだめても、全くダメな感じで、胸元を気にする時間が続き、出血が始まりました。
出血箇所については、恐らく昨日気にしていた箇所だと思います。
かかりつけ医のグローバル動物病院は、朝10時で診察終了の日で、間に合いませんでした。
又健診などで伺う、横浜小鳥の病院は、病院の引っ越し中で、連日のお休みでした。
健診で伺ったことのある予約診療の、ケーズペットクリニックも、電話が全く繋がりませんでした。
りりーちゃんが胸元をいじり出血して、私が保定して止血をする。
何度か繰り返しました。
SNSのXで、シュシュを首元にまく白色オウムを観ていましたので、りりーにもまいてみましたが、場所が合いませんでした。
りりーは、シュシュをしても、傷口に届いてしまっていました。
りりーちゃんは、普段放し飼いで飼育していますが、このように体調に異変がある日は、ケージに入ってもらいます。
続きは、近日追記致します🙇
「ペットを飼うこと」〜小さな鳥さんから大きな鳥さんまでの飼育〜(セキセイインコ&オカメインコ&コバタンと共に生きて)

#ペットを飼うこと
私にとっての「ペットを飼うこと」は、自然なこと‥幼少期から小鳥の飼育が好きでずっと続けている為、ペットがいることが、生活の中で当然なことになっており、現在アラフォーの私にとっては、ペットとの生活は、空気のように当然なものであり、自然なことです。

ペットの種類は、鳥です。
一匹のうさぎも飼ったこと(里親として)がありますが、他は全て鳥です。
本当は、幼少期の私は、犬を飼うことを希望していましたが、「小鳥なら飼っても良い」との親の強い意見があり、小鳥を飼い始め、その後鳥の魅力に虜になった感じです。
以降鳥飼育を半世紀も続けてしまっています。
小鳥達は、人と同じで、皆それぞれ違う個性があり、それぞれ違う得意分野があり、面白い存在感があります。

長い鳥の飼育歴ではありますが、一羽や二羽で飼うスタイルが多かった為、そんなに多くの種類や数の鳥を飼った訳ではありません。
鳥は、犬や猫や他の生き物に比べると、寿命が長い傾向があり、小さな小鳥でも、長生きした場合は、四半世紀、25年位生きたりもします。
だから私は今迄、少数ではありますが、数羽の鳥さんと、長い時間を共に生活することができました。

里親になったこともあります。
親戚が飽きて飼えなくなった高齢のカナリア‥
綺麗な黄色のカナリアでしたが、高齢だからか、鳴き声が魅力のカナリアのはずが、全く鳴きませんでした。
ケージの中だけで、飼育された鳥でしたので、我が家でも同じように、高齢期を過ごしてもらいました。

お子様がアレルギーを発症して飼えなくなった、ご近所のセキセイインコの里親にもなりました。
小さなセキセイインコなのに、一緒にいるとお子様のアレルギーが出て飼えなくなったので、飼ってほしいとのお願いでした。
よく懐いていて、優しい性格の可愛い男の子の白色のインコでした。
飼い主様が可愛いがって育てて下さったことが、一緒に過ごしていて分かりました。
「名前は、チッチです。宜しくお願いします。」
と飼い主様から譲り受けました。
我が家でもチッチと呼んで、可愛いがりました。
アレルギー発症などは、飼ってみないと分からないことだったりする為、小さな小鳥の飼育だったとしても、生き物の飼育は、難しいことであると、子供心に思いました。

チッチが我が家にくる前は、私は、ブルーのセキセイインコの女の子、ピピちゃんを飼っていました。
ピピちゃんも、とても優しい性格の可愛い女の子の鳥でした。
ピピちゃんは、私の子供の頃の、運命の鳥さん的な存在でした。
ここで言う運命の鳥とは、飼い主にとっての特別の鳥であり、心が通じ合うような、他の鳥からは感じられないような共感が得られる小鳥という意味です。
特にクリッピング、羽切りはしていなかったのですが、野外に出しても、私とずっと一緒にいれる、能力の高い鳥さんでした。
物音に驚いて飛んでいっても、ちゃんと戻ってこられる凄い能力がありました。

今迄、複数の鳥さんを飼育しましたが、フリーフライトっぽい(野外で飛ばして戻ってこさせる)ことができるのは、セキセイインコのピピちゃんだけでした。
だから私は、家から20分位離れたスーパーへのお使いも、ピピちゃんを肩にのせて行っていました。
ピピちゃんは、いつも肩で良いこにしてくれていました。
ピアノの練習を、毎日二時間位しなくてはいけなかった私の子供時代に、ピピちゃんは、ずっと肩で、良いこに付き合ってくれました。
繊細で気持ちの優しいピピちゃんと私は、心が通じ合っている感じがしました。

ピピちゃんは、部屋にかかっている父の浴衣の手の袖の下にこもり、よく卵を産みました。
女の子特有の卵詰まりなどもありましたが、克服できましたが、腹部の毛引き症があり、毛引き症だけは治りませんでした。
田園調布の小鳥の病院で診てもらいましたが、「毛引きは、治らない。」とのことでした。
先生の説明が、小学生の私のことを、子供扱いしないで、しっかりとご説明頂いて、その内容が、私には少し怖く感じました。
現実的過ぎるご意見に、ショックだったのだと思います。
私一人で通院したので、帰りの電車の中で、「治らないんだ‥」と、ピピちゃんを抱えて悲しく思いました。
ピピちゃんは、長く家にいてくれたので、旅行にも度々一緒に行きました。
長野県の乗鞍岳に、ピピちゃんも一緒に行った時、駐車場に車を停めて、ロープウェイで山に登ることになりました。
夏でしたが、雲りだったので、そんなに暑くはない日でした。
「ピピちゃんは、車に置いていきましょう。」と母に言われましたが、私は心配で、「ピピちゃんと車に残りたい。」と言いましたが、「窓を少し開けて行けば、大丈夫よ。」と母に言われ、窓を少しづつ四箇所開けていきましたが、やはり駄目でした。
乗鞍岳を散策している間に、車内は熱くなり、ピピちゃんは、熱中症のようになっていました。

その後涼しくして水を与えて、ピピちゃんは、回復しましたが、やはり『車内置き去りは、絶対駄目だ!!』と子供心に強く思いました。
車を駐車した時は、曇りで暑くなかったとしても、天気は、晴れに変わることもあるのだし、ピピちゃんが落鳥しなくて、本当に良かった。と思いました。
可愛いがっていた、私の大切なピピちゃんは、ある日、私が学校に行っている間に、母の家事中のながら放鳥が原因で、逃されてしまいました。
ピピちゃんは、私と一緒の時は、フリーフライトのような能力を発揮できるのですが、母と一緒の時は、普通のインコの能力になってしまうので、窓から普通に逃げてしまったそうです。
その後、私は泣きながらピピちゃんを捜索し続けましたが、見つかりませんでした。
ピピちゃんイラスト付のチラシも沢山作りました。
そのチラシを見て、連絡をくれたのが、チッチの飼い主様でした。
「ピピちゃんではありませんが、チッチをお願いしたい。」とのことでした。
里親になったチッチは、ピピちゃんが繋いでくれたご縁でした。
ピピちゃんもチッチも、約40年程前に飼っていた鳥ですが、鮮明に思い出を思い出せる程想い出深く、私に多くの幸せを残してくれました。

子供の頃の楽しい思い出と辛い思い出を、もう少しご紹介します。
ピピちゃんの更に以前に飼っていたのは、黄色のセキセイインコのキィちゃん、男の子でした。
キィちゃんには又、凄い能力がありました。
キィちゃんは、自分でケージのドアを上手に開けて脱走してしまう、脱走インコさんでした。
母が、小鳥を庭によくケージを吊るして日向ぼっこさせていました。
キィちゃんが、外に出されている時、脱走したのですが、偶々そのキィちゃん脱走の様子を、弟(幼稚園児の頃)が見ていて、脱走後のキィちゃんと弟は外で遊んでいました。
帰宅した母が、キィちゃんと弟が、庭で遊んでいる様子を見て、厳しく叱りました。
「勝手に鳥を出して、野外で遊んで!!駄目でしょう!」
キィちゃんは、クリッピングをしていましたが、野外で遊ぶことは、ロストにつながりますので、弟は母に、怒られていました。
弟は「キィちゃんは、自分でケージを開けて、出てきた。」
弟は、泣きながら母に訴えましたが、母は、更に怒って、「キィちゃんが、ドアを開けられる訳ないでしょう!!!どうしてそんな嘘をつくの!!」
「弟は、嘘じゃないのに」‥と泣き続けました。
キィちゃんは、正真正銘の脱走インコでしたから、弟は嘘はついていないのです。
母は、優しい女性でしたが、想像力や鳥飼育の経験値が、そこ迄豊かではなかったのかもしれません?
小鳥も、人間の子供と同様、大人が想像を絶するようなビックリすることを、良い意味でも悪い意味でも、時にはやらかしてくれます。
中年になった今の私も、想像力を忘れないように、物事を自分の判断だけで決めつけないように、いつも気をつけていきたいと思わされるキィちゃんの賢いイタズラでした。

その後、キィちゃんがケージのドアを開けて脱走している様子を、母も見ることがあり、母は、弟に謝っていました。
凄い能力のキィちゃんでしたが、弟がお尻で踏んでしまい、楽鳥してしまいました。
弟も、キィちゃんを可愛がっていたので、哀しく辛くてずっと泣いていました。
キィちゃんと一緒に飼っていた緑色のセキセイインコの女の子の緑ちゃんは、点火していない石油ストーブの隙間に入っていってしまって、落鳥してしまいました。
緑ちゃんは、ストーブからなかなか出てきてくれなくて、やっと出てきたくれた緑ちゃんの羽には、灯油がついていました。
本当に辛かったあの日のことを、今でも鮮明に覚えています。
大人になった今なら回避できることも、子供の頃、特に幼少期は、注意を思いつかない、考えつかないことが多くあり、適切に注意してくれる人が近くにいないと、小鳥を危険な目にあわせてしまい、子供達も悲しい思いをするな‥と思いました。
小鳥達には、辛い目に合わせ、鳥飼としての失敗をしてきたのだな‥と思います。

1980年代の頃、近くのデパート、高島屋の屋上に、ペットコーナーがあり、沢山の鳥が売られていました。(1970年代〜1980年代は、小鳥ブームの時代で、小鳥屋さんを、商店街ではよく見かけました。)
高島屋の小鳥屋さんでは、小鳥から大型のオウムまで‥その頃をときめく可愛く綺麗な小鳥が、多くの人達を魅了していました。
私はそこで、初めてオカメインコのルチノーを見ました。
当時私は、セキセイインコのチッチを飼う中学生でした。
初めて見たルチノーのオカメインコは、時が止まるかと思う程可愛いくて、美しくて、価格も中学生にはお高めではありましたが、貯金をすれば買えそうな金額で‥
「可愛いオカメインコを飼いたい!!」ということが、目標になりました。

その後私は高校生で、10代後半の頃、オカメインコ、ルチノーの男の子、ららちゃんをお迎えしました。
ららちゃんは、生後三週間でした。
今迄、里親以外の子供の頃から飼育してきたセキセイインコも、全て雛から挿し餌で育てています。
オカメインコのららちゃんも、挿し餌から育てました。
私が、ららちゃんをお迎えした日は、小鳥屋さんに、ららちゃんがブリーダーさんから離れてきた、ららちゃんが入荷した当日でした。
未だお店に展示されたばかりのららちゃんは、羽も生え揃っていなくて、ツクツクした羽で一杯のルックスでした。

「今の姿では全く分かりませんが、オカメインコのルチノーです。」とお店のスタッフさんに説明を受けて、ららちゃんをお迎えすることにしました。
ららちゃんは、お店に到着したばかりで、ボーっと、ジーっとしていて、全然動かなくて元気のない鳥さんに見えました。
飼育本には、元気の良さそうな鳥を購入することを薦められていましたが、とても元気が良さそうには見えませんでした。
同じケージに入っていた、オカメインコのノーマル、グレー色のオカメインコは、元気一杯で、私にも、「私をお迎えして!!」という勢いで、すごく甘えてきてくれて可愛いくて、少し心が動きましたが、我が家の母は、グレーのオカメインコより、ホワイトのオカメインコを絶対気に入るな‥と娘心に分かっており、母に気に入られる鳥をお迎えしないと、鳥さんの我が家での立場や居場所を考え、お店では、ボーっと‥ジーっとしていたオカメインコのららちゃんをお迎えしました。

お迎えした当初は、羽が生え揃っていなかった為、母は気持ち悪がって遊んてくれませんでしたが、弟は、喜んで撫でてくれました。
三つ子の魂百まで‥と言いますが‥
ららちゃんは、生涯で体の撫で撫でを許したのは、私と弟だけでした。
その後24年以上も一緒に過ごして、可愛いがってくれた両親には、撫で撫では拒否して、亡くなる迄撫でさせませんでした。
両親は、ららちゃんが亡くなった日に、「ずっと撫でたかった‥」と言いながら、撫でてくれました。
雛の頃に撫でてあげたことを、鳥さんは、記憶しているのでしょうか?

飼育本の意見とは全く違い、その後ららちゃんは、健康な鳥さんで、24歳4ヶ月迄生きてくれました。
オカメインコルチノーでは、とても長生きな方だと思います。
ららちゃんの一番素晴らしい能力は、やはりこのご長寿であったということに尽きると思います。
10代で、ららちゃんをお迎えして、私はその後、20代、30代、40代の初め迄、ららちゃんと一緒にいることができたのですから‥
当に青春時代を共に生きた相棒のような存在でした。
10代から20代の、私も活動期で一番忙しい時期に飼ったこともありますが、ららちゃんには、お留守番もしてもらいましたし、お留守ができる鳥さんに成長してくれました。

でもららちゃんは、一羽飼でしたので、お留守番の時間をなるべく短くできるように、家族にも沢山協力してもらいました。
私も若く、家族も若くて、ららちゃんのお世話は、母も沢山手伝ってくれましたし、父も手伝ってくれました。
子育てと同じで、その子を愛してくれる大人が周りに複数人いて、皆でお世話ができることは、とても有り難いことで、飼育も楽になると思います。

ららちゃんを飼った時、母に一つお願いをしました。
母には、家事中の小鳥の放鳥、ながら放鳥で、鳥さんを逃されたことがありましたので、「ららちゃんをロストさせないように!!」は、ある意味、鳥飼として一番大切なポイントとだと思いました。
飼鳥は、野外で一羽では生きていけません。
カラス、野良猫など、様々な動物に集団で襲われる可能性もあります。
偶然、良い方に保護してもらえることは、確率的にも低いことだと思います。
「ロスト=死」を意味しており、鳥飼として、ロストは、絶対にしてはいけない!!一番注意しなくてはいけないことだと思います。

【私が母にお願いしたことは‥】
●家事が落ち着く迄、ららちゃんは起こさなくていいから‥
●昼過ぎても、夕方迄でも、寝せていても大丈夫だから‥
●放鳥しながらの家事は、絶対止めて!!
●鳥だから、朝起こさないと‥と思わなくていいから‥

朝起こして、夜寝せることが体に良いことは、百も承知ですが、敢えてロストを防ぐ対策として、ららちゃんは、夕方から夜間に向けての放鳥を徹底しました。
鳥は、明るく、光の方向へ飛んでいく習性があるので、夜間に万一、窓や玄関が開いても、暗い方向へ自ら飛んでいく可能性は低いので、ロストの面から考えると、夜間の放鳥は、安全になります。
実際、夜間が家族が全員揃い、更に我が家は皆夜型で、夜ゆっくり過ごすので、ららちゃんともゆっくり遊べます。
申し訳なくはありましたが、ららちゃんも、夜型生活が中心になりました。
ららちゃんは、男の子でしたので、卵トラベルなどありませんでしたから、夜型でも可能だったのかもしれません?
女の子の鳥さんの場合は、規則正しい生活が大切だと思います。(卵トラブル対策)
ららちゃんも、時間はズレていましたが、規則的ではありました。

ららちゃんの性格は、臆病で慎重で神経質でした。
優しい性格ですが、しっかりとしていて、けっこう気の強い鳥さんでした。
自分の世界がしっかりとあり、哲学派のような、アーティストのような雰囲気、風格のあるカッコいい鳥さんでした。
毛引き症などには、絶対ならないようなタイプの、気持ちの強さというか、芯がしっかりとした強い気持ちがありました。
ららちゃんの1歳のお誕生日の時にプレゼントした巣箱を、ららちゃんは気に入ってくれて、毎日長い時間、巣箱に入っていました。

長く一緒にいたららちゃんでしたので、旅行も度々一緒に行きました。
父が、新潟県佐渡ヶ島が故郷だった為、佐渡ヶ島にも一緒に行きました。
新潟港と佐渡ヶ島両津港を渡航する佐渡汽船乗船時、当時鳥さんは、船の部屋の中には入れないので、私とららちゃんは、日本海を見ながら船の甲板、デッキで過ごしました。
佐渡ヶ島には、当時から外国人の観光客が多くいらっしゃって、ベンチに座る私とららちゃんは、沢山の外国人の観光客から写真撮影を依頼されました。
皆様とても喜んで下さり、旅の記念になるとのことでした。

佐渡ヶ島の尖閣湾で遊覧船に乗る時、ららちゃんは、乗船できなかった為、私は乗るのをやめようと思いましたが、波止場の職員の方が「ららちゃんは、預かるので、是非乗ってください。」と言われて‥
小さな遊覧船に乗りました。
美しい海底を見たりできるのですが、波止場のららちゃんの鳥カゴが、どんどん遠くなり、海は綺麗で遊覧船に乗れて良かったのですが、やはり遠くに見える波止場のららちゃんが気になってしまい、半分位しか、遊覧船は楽しめない感じがしました。

父の家の広いお墓は、山林の中のお寺にあり、掃除も大変でした。皆汗をかきました。
順徳天皇が祀られた真野御陵を観光した後、近くの温泉施設、真野温泉に入ろうということになりました。
又ららちゃんを、温泉施設に持って行き、受付でご相談しましたら、受付の隣の職員室でお預かりして下さることになり、温泉に行きました。
ららちゃんは、こんな感じで、旅行に行くと、あっちこっちで、お預かりをして頂きました。
神経質で臆病なららちゃんですから、きっとかなり嫌だったと思いますが、私がすぐに帰ってくること、一時的なお預けであることも、理解している様子で、いつもとても良いこで待っていてくれました。

ららちゃんを飼っている時は、家にお客様が多い時期でした。
私の仕事関係の、小学生低学年のお子様が、団体で訪問した時もありました。
お子様達は、ららちゃんとの触れ合いを皆望みますが、神経質でお子様の手にのることが嫌そうなららちゃん対策では、ららちゃんの好きなタオルを小さなボールのようにまるめて、お子様達に持ってもらい、ららちゃんは、そのタオルに乗ってもらいました。
ららちゃんのお気に入りタオルでしたので、ららちゃんのストレスを抑えながら、お子様達との触れ合いができました。
ららちゃんは、臆病な性格でしたが、お客様慣れしていて、お客様とも上手に渡り合っていました。
両親も元気で私も若く、人の出入りも多く、賑やかな時代に、ららちゃんは、我が家で過ごしました。

そんな中、家族内で難しい問題が起きてしまい、話し合いをすることになりました。
自宅ではなく、ホテルに滞在して話し合いは行いました。
大人4人での深刻な話し合いでした。
ららちゃんも、同行していました。
ららちゃんがいてくれたことにより、深刻な雰囲気だったその場がいつも和み、家族は、この話し合い中に、度々ららちゃんの存在に精神的に救われました。

一ヶ月間の話し合いは終わりましたが、結果は、上手くいかないもので、皆が傷つく結果になりました。
自宅迄の帰り道で、ららちゃんは、家に帰ることが分かった様子で、「やっと家に帰れるね。」と、ホッとしたお顔をしていました。
そんなゆったりとした、いつもと変わらない優しい雰囲気のららちゃんの存在を見ているだけで、家族皆が癒されました。
小さな小鳥のららちゃんの存在感は、もの凄く大きなものでした。

ららちゃんは、クリッピングを一度もしたことがなく、毎日の放鳥時間も長かった為、沢山飛んで、体つきも良く、獣医師さんにはいつも褒められていました。
ららちゃんの飛翔は、本当に美しかったです。
そんなららちゃんにも、老がやってきました。
17歳を過ぎた頃から、テーブルを歩くららちゃんの歩き方が少しおかしくなってきました。
どうしたのだろう‥と思っていましたが、しばらくして、外を見ているららちゃんとの触れ合いの中で、ららちゃんの片目が見えていない感じがしました。

鳥の目の治療は、手術などはできません。
治療は、目薬になりますが、正直なところ、凄く嫌がるららちゃんに目薬をさしても、効果はあまり期待できるものではありませんでした。
亡くなる数年前のららちゃんは、ほぼ全盲でした。
テレビをかけていると、私が部屋に入ってきて目の前にいても、私のことが分かりませんでした。
不安そうに、ららちゃんは、私を待っていました。
話しかけると安心してくれて、私がいるのだな‥と、言葉が頼りのようでした。

目が見え難くなってからのららちゃんには、雛の時と同じように、私が食事を与えるようにしました。
餌は、大人の餌、シード食ですが、「食べよう!食べなさい!」と言って、ららちゃんに食べることを促しました。
高齢になると、どうしても食べる量が減ってしまい、放っておくとその内、食べなくなってしまったりするので、高齢鳥は、雛鳥の時と同じように、飼い主さんが食事の管理をして、愛鳥さんに、しっかりと食べさせた方が良いと思いました。

ららちゃんが20歳を過ぎてから、横浜小鳥の病院でレントゲンをとりましたが、獣医師さんは、ららちゃんの体つきは、20歳を過ぎたオカメインコとは思えない程しっかりとしているものだと褒められましたが、毎日沢山飛んでいた美しい飛翔をするららちゃんでしたが、目が見え難くなる過程で、飛ばなくなっていき、そして体はしっかりとしているのに、全く飛ばなくなりました。

目が見えなくなり、私の手助け、介護が必要になったららちゃんへ、その頃の私は、いつもテレパシーを送っていました。
「ららちゃん、大好きだよ」
「ららちゃん、もうすぐ家に着くよ」
「ららちゃん、今家に向かっているからね」
私は、ららちゃんにテレパシーが通じている感じがしていました。
離れている時も、いつも愛情を送っていました。

2013年6月に、オカメインコのららちゃんは、24歳4ヶ月で亡くなりました。
亡くなる前迄、私の手の中で、一生懸命食事をとってくれました。
ららちゃんのお気に入りの、大好きな巣箱の中で、お昼寝中に亡くなっていました。
ペットのお葬式を行っている式場で、お葬式から火葬まで行って頂きました。
火葬されたららちゃんの遺骨は、ガラスのテーブルの上に、まるで生きているかのような配置に、ららちゃんの羽が広がった感じで、綺麗に並べられていました。
美しいお花も添えられていました。
深い哀しみの中でのお葬式でしたが、自分の中でも区切りになり、お葬式&火葬を行って良かったな‥と思いました。

ららちゃんの死後、私は、ペットロスの症状が、かなり酷く出ました。
でも母が、肺がんの闘病中でしたので、母のことも助けたいという気持ちもありながら、ペットロスの症状と向かい合いました。
ららちゃんの死後三年間は、ららちゃんのことを、いつも身近に感じていました。
よく泣いていましたし、よく思い出していました。
24年間一緒で、ららちゃんがこの世からいなくなってしまったことを受け入れることに、三年間がかかったということだと思います。
ららちゃんがいなくて寂しく、哀しく辛いのですが‥
私の鳥飼の人生も、終盤になってきていました。
鳥は、健康な鳥の場合は、犬や猫よりも長寿ですので、お迎えする年齢のタイムリミットも、40代に入った私は、終盤期を迎えていました。

子供の頃、母方の伯母が、横浜の伊勢佐木町にある、すいれんというキバタンのいる洋食屋さんに、よく連れていってくれました。
キバタンは、お店の看板鳥さんで、ケージの中に入っているのですが、とても可愛いくて、私の憧れの鳥でした。
子供の頃の私は、ずっとセキセイインコを飼っていましたが、「いつかこんなオウムが飼えるといいな‥」と思っていました。

長年の鳥飼育の最期は、大型鳥、オウムと過ごしたい‥
以前から漠然と思っていました。
もう若くはない私には、時間がありませんでした。
ららちゃんの死後、ペットロスと戦いながら、オウムをお迎えする準備を始めました。
新しい鳥をお迎えする準備は、ペットロスの症状改善にも役立ったと思います。
同じ鳥ではありますが、小型の鳥と大型の鳥は、飼い方や鳥の認識に対しても違うことがある為、それなりの勉強が必要になります。

大型鳥、オウムは、長生きした場合は、50年を超える場合もあり、記録では、80歳や100歳などもあります。
家族三世代に渡って飼育するオウムの例もあります。
おじいさんが飼ってきて、その子供が引き継いで、更にその子供、おじいさんさんから見ると、お孫さんが引き継ぐ形になります。
勿論、全てのオウムがこんなに長生きする訳ではなく、早くに亡くなるオウムも沢山いますが、中には長生きするオウムもいる‥ということになります。
人の寿命と同じで、鳥の寿命にも、個体差があります。

だから大型鳥、オウムは、繋ぐ鳥として、里親様に引き継ぐことを手助けしてくれている保護団体もあります。
どんなに若くからオウムを飼い始めても、最期迄面倒が絶対みれる。絶対大丈夫という訳ではなくて、飼い主様のライフスタイルが、長い人生の中で変化していく以上、継続して飼育できなくなる可能性は、誰にでもあります。
オウムは、そういう生き物だということを踏まえた上で、飼い始めなくてはいけないペットなのだと思います。

オウムが飼えなくなって、飼い主様が里親様へ、オウムを譲渡する時、飼い主側には手放す覚悟ができていますが、オウムには、全く覚悟などはありません。
だからその時、オウムには、もの凄く大きな試練を与えてしまいます。
それでも、飼い主様が愛情を沢山与えて育てたオウムは、新しい里親様のご家庭にお迎えされて、時間はかかるかもしれませんが、里親様の愛情に、心を開く時が、必ずくると思います。
里親様には、オウムの気持ちを待ってあげるという、優しいお気持ちと強い忍耐力が必要になってくると思います。

私も、子供の頃からの念願のオウムのお迎えは、里親として、施設からお迎えできるといいな‥という気持ちもあったのですが、同居の母に相談しましたら、「又いつものように、雛鳥からお迎えして、ららちゃんが全く撫でさせてくれなかったから、今度は、抱っこや撫で撫でができる鳥を飼いたい!!」との希望を聞きましたので、未婚で孫の顔も見せてあげられなかった親不孝者の私としては、母のささやかな願いを叶えてあげたくて、オウムも、又いつものように雛からお迎えすることに決めました。

大型鳥、オウムも、ホンキバタン、オオバタン、タイハクオウム、ルリコンゴウインコなどなど‥体がかなり大きいタイプの鳥さんは、鳴き声も、大音量の爆音になりますので、飼える住宅も限られてきます。
もう少し小型の大型鳥、オウムもいて、鳴き声は大きいのですが、少しは鳴き声が抑えられるので、小型のオウムの方が、一般的な住宅には向いていると思います。
鳥の体の大きさによって、肺活量(鳴き声の大きさ)が変わってきますが、鳴き声も又、個体差があります。
小型のオウムで、コバタン、コキサカオウム、モモイロインコ、クルマサカオウム、ソロモンオウムなどが候補に上がりました。

コバタン以外は、ペットショップで探して見に行くことができました。
コバタンは、動物園にいて、コバタンのいる動物園、川崎市夢見ヶ崎動物園に見に行きました。
母は、コバタンを一番気に入りました。
「ららちゃんに少し容姿が似ていて、可愛いね‥」と話して、その後も度々、川崎市夢見ヶ崎動物園のコバタンに会いに行きました。

川崎市夢見ヶ崎動物園にいるコバタンは、ペットとして飼われていたコバタンで、飼い主様が飼えなくなり、動物園に入園したコバタンでした。
川崎市夢見ヶ崎動物園には、コバタン以外にも数種類の大型鳥、オウムが展示されており、そこにいる鳥達は皆、飼い主様が飼えなくなり、入園した鳥達でした。
長寿の大型鳥の飼育の難しさが、垣間見れる現場であると思いました。

更に、コバタン、ヨウム、オオバタン他、ワシントン条約サイテス1の鳥達は、環境省の種の保存法により、環境省発行の登録票がないと、里親様に譲渡することもできません。(有償無償は関係ありません)
種の保存法では、登録票のない鳥達は、動物園や学術施設にしか移動ができません。

コバタンを飼って、家から外に出す、例えば友人の家に預ける時やペットホテルに預ける時にも、環境省発行の登録票が必要になります。
登録票なしの他者へのお預けは、環境省、種の保存法により違法になります。

コバタンは、ワシントン条約サイテス1ですので、なかなかペットショップには展示されていませんでした。
コバタンを東京都内のペットショップでも、予約をして入金して、海外から仕入れてもらうという方法で、お迎えすることもできるとのことを、ペットショップのスタッフさんから伺いましたが、海外産のコバタンよりも、日本産のコバタンの方が、病気の面などで安全な場合が多いとのことでしたので、国内でコバタンをブリードされているブリーダーさん、名古屋のロロスバードファームからコバタンをお迎えすることに決めました。

2014年10月に、生後4ヶ月の一人餌に成長したコバタンの、りりーちゃん、元気一杯の男の子をお迎えしました。
母は、肺がんの闘病中でしたが、病状が落ち着いていた為、一緒に旅行も兼ねて名古屋まで行きました。
名古屋に行く前に、母と伊勢神宮を参拝して、ららちゃんが長生きしてくれたお礼詣りと、お迎えするりりーちゃんが、健やかに成長することの健康祈願。母の病気平癒‥などをお願いしました。

雛鳥のコバタンの、りりーちゃんは、本当に可愛くて、母も父も、とても可愛いがってくれました。
りりーちゃんは、『ザッ白色オウム』といった感じで、撫で撫でや、抱っこが大好きな、典型的なベタ馴れの白色オウムに成長しました。

白色オウムには、おしゃべりはあまり期待できない‥とブリーダーさんから言われていましたので、おしゃべりが上手なオウムを希望した訳ではありませんでしたが、お迎えしたりりーちゃんは、とても頭が良い鳥さんで、言葉も沢山おしゃべりをする鳥でした。
今迄飼った小鳥達も、一言二言位は皆、おしゃべりをしていましたが、りりーちゃんのようにおしゃべりが上手な鳥さんは、私も初めてでした。

一度で覚えた言葉も沢山あります。
更にりりーちゃんの凄いところは、言葉をオウム返しでおしゃべりをするのではなく、会話ができることです。
りりーちゃんのおしゃべりや会話ができることは、達筆できる素晴らしい能力だと思います。
りりーちゃんは、幼児三歳児位の子供と一緒にお話ししている感じで会話ができます。
特別教えた訳ではなくて、りりーちゃんは、日々の生活の中で、自分で会得していった感じなのです。
りりーちゃんは、幼少期から、とても気が利いていて、本当に頭の良い鳥でした。
お迎え先のロロスバードファームのスタッフさんも、りりーちゃんが気が利いていて、頭が良いことを褒めていました。
りりーちゃんのおしゃべりの才能や頭の良さは、天性のもののように、私は思います。
NHKのキッズ番組『いないいないばあ』が、とても好きで、起きている時間は、『いないいないばあ』を、ずっと見ています。
『うーたん』という『いないいないばあ』に出てくるキャラクターが大好きで、うーたんが出てくると、うーたんうーたんと言って喜びます。
歌も好きで、「あ〜〜」と言った感じで、りりー節で一緒に歌ったり、歌に合わせて、リズミカルに踊ったりもします。
歌を上手に歌う鳥さんもいますが、りりーちゃんには、その才能はないようです。
母が、「りりーちゃんは、毎日歌を沢山聴いているのに歌えないから、歌の才能はないのね‥」と言っていましたが、確かに、おしゃべりや会話ができることと、歌の才能は、又別なのだな?と思いました。

小型鳥、中型鳥迄は、女の子より男の子の方が飼いやすい傾向があります。
小鳥の女の子は、卵を産む為、どうしてもその管理が難しく、沢山卵を産むことは、あまりご長寿にも繋がりません。
人間とは違い、鳥の場合は、男の子の方がご長寿になりやすい傾向があります。

大型鳥、オウムも、女の子の卵トラブルはありますが、小型鳥程、頻繁に卵を産むことはありません。
大型鳥、オウムの男の子は、発情期などに、気が荒くなり、攻撃的になる傾向があり、噛みつき、飛びかかりなど‥鳥も、本能的なもののようで、悪気なくてやってしまう場合もあるようで、発情期の気の荒さを抑えることは、なかなか躾だけでも避けることが難しいことでもあります。
このような理由で、ペットとして飼う大型鳥、オウムは、女の子の方が飼いやすいという考え方が、一般的です。
りりーちゃんをお迎えする時も、お店のスタッフさんに女の子が飼いやすいと薦められましたが、女の子が人気が高く、コバタンの女の子は、なかなか市場には出ませんでした。
海外にある鳥の保護施設などの里親募集を見ても、大型鳥、オウムの募集は、男の子ばかりが多いので、女の子が人気が高いのは、世界共通のようで、大型鳥、オウムの男の子の飼育の難易度の高さを感じさせられます。

りりーちゃんは、今10歳に成長しましたが、性格が優しくて可愛い鳥さんです。
でも活発な男の子で、長い放鳥時間中は、活動的に動き回り、走って、飛んで、飛び続けて、大爆音の鳴き声で鳴きます。
そして家中、あちこち齧ってしまいます。
りりーちゃんのおしゃべりの他に、もう一つ凄い特技があります。
それは、『部屋のドアを開けることができる』ことです。
りりーちゃんは、上手に部屋のドアを勝手に開けて、勝手に部屋に入ってしまいます。
お風呂場やトイレが、りりーちゃんは、特に好きなようで、我が家は、トイレの便座まで齧られて、便座の蓋に、大きな穴が開いています。

りりーちゃんをお迎えした直後、未だ赤ちゃんなのに、家族全員が感じたことは、りりーちゃんの野生感です。
りりーちゃんは、セキセイインコやオカメインコのように、ブリードを代々繰り返されて、産まれてきた鳥という感じが全くありませんでした。
今迄飼ってきた、ブリードを代々繰り返されたセキセイインコやオカメインコとは違う、可愛い仕草の中にも時折、何かの拍子で見せる本能的な姿が、もの凄く俊敏で、野生的な感じがして、「りりーちゃんのお父さんやお母さんは、野生の鳥だったのかもしれないね?」と、家族皆で話しました。

丁度同じ頃、仕事を通じて、世界的に有名な自然保護団体の職員の方とお話したことがありました。
私は、コバタンを飼育していることを、自己紹介で話しました。
その結果、私のお話しした自然保護団体のスタッフの方は、私を犯罪者扱いとまでは言いませんが、まるで飼ってはいけないものを飼っている人‥といった口調になってしまいました。
私は、コバタンを、国内の正規ブリーダーさんから購入したこと、環境省の手続きもした経緯などもお話ししましたが、スタッフの方は、「でもあなたの飼われている鳥の親は、野鳥の可能性がありますよね。」と言われました。
私が、りりーちゃんから当に日々感じていたことを、直球で言われてしまいました。
「セキセイインコだって、一番最初は、野鳥だよ!!」と私は思いましたが、スタッフさんの言いたいことも、私には分かりました。(推察できました。ここでは、この問題のご説明は、省略します。)
野生に近い遺伝子を持つ鳥を飼育することは、難しいことである‥と私自身も、コバタンのりりーちゃんを飼い始めて日々痛感しています。
それは、「本来、ペットとして飼っていい種であるのか?」突き詰めると、そこ迄いってしまうと思います。
自然で暮らす鳥達と比べると、ペットとしての飼育は、あまりにも違いがあり過ぎます。
その結果として、鳥の場合、毛引きや毛齧りをしたり、噛みつき、飛びかかりなどの問題行動を起こしてしまうことが多々あります。
りりーちゃんのような白色オウムは、90パーセントの鳥達が、毛引き症、毛齧りなど、羽毛損傷行動を起こすと言われています。
野生の鳥では、これは起きないことだそうです。

りりーちゃんも、毛引き症があり、今年の春は、毛引きだけではなく、自咬症(皮膚を齧ってしまう)もありました。
りりーちゃんの場合は、可愛いがってくれた両親が、相次いで亡くなり、私が元々飼い主なのですが、飼い主、私とりりーちゃんだけの生活になってしまい、りりーちゃんの生活環境が大きく変わってしまったことが、りりーちゃんに強いストレスを与える大きな要因の一つになってしまったと思います。
自咬症は、春の発情期に起きました。
りりーちゃん自体も、本能的な強い感情が抑えられなかったのだと思います。
優しい性格のりりーちゃんは、飼い主の私を攻撃するのではなく、自分を攻撃してしまいました。

白い羽毛が血まみれになっているりりーちゃんを見て、「両親がいてくれたら、こんな惨事は、絶対起きなかっただろうに‥私一人では、やはり駄目なんだ‥」と思い、両親を見送った時以上に、辛く、寂しい気持ちになり、涙が止まりませんでした。
こんな目に合わせてしまって、りりーちゃんに、申し訳ない気持ちで一杯になりましたし、私自身も自信を失い、今後、りりーちゃんをどのように育てていけば良いのか?など、様々なことを思い巡らしていました。
人馴れした甘えん坊の白色オウムを、両親の他界により、一人暮らしになってしまった私が飼う難しさを、今心底痛感しています。
白色オウムは、専業主婦が飼うのにピッタリなオウムとのご意見もあり、それは、時間をたっぷりと捻出して人間の子供のように、しっかりと愛情を注がないといけない‥ということなのだと思います。
ペットを飼う以上、当たり前のことかもしれませんが、白色オウムは、お留守が多い家や(お留守も、時間にもよると思いますが)、又多忙な生活を送る人向きのペットではないと思いました。

りりーちゃんの胸元の自咬症の傷は、今は治りましたが、生き物を飼うということの難しさを、今も時には怖くも思い、本当に色々と考えさせられました。
そんな時に、今回のこの「ペットを飼うこと」のお題を見つけました。
自分自身の気持ちを整理する為にも書いてみよう!!と思いました。
お題に参加されている皆様の書かれた記事を拝見することも、面白く楽しく勉強になりました。

癒しや喜び、沢山の幸せをくれるペットは、私にとってのかけがえのない存在で、それは高価な宝石にもかなわないものだと思います。
他のものには決して代えられない、オンリーワンであり、可愛いペットは、世界で一羽だけの我が子です。

血まみれになったりりーちゃんを見た時に、これは、100パーセント私の責任だ‥と思いました。
ペットに起きることは、いつでも100パーセント飼い主様の責任だと私は思います。
ペットを飼うことについては、法律(動物愛護法はありますが、それだけでは足りないと思います。)も、基準も、審査も、現在は何もありませんから、皆様それぞれが、それぞれの思いや方法で飼われていますが、ペットは弱者であり、飼い主様が常に責任をおわなくてはいけない、例えて言えば、生涯幼児のような存在であることを、忘れてはいけないのだと思います。

鳥なのに、人間に家庭で家族として育てられて、鳥の心も持ちながら、人の心も理解して、強い感情を持ち、深い愛情を持つ繊細な心も持つ、気持ちの優しい鳥、りりーちゃん‥
今後どのように飼育していけば正解なのか?飼育には、どのような正解があるのか?今の私には、未だ分かりません。

ただ一つ分かることは、私にとってペットを飼うということは、人生色々あっても、私は幸せに生きているということなのだと思います。
今こうしてペットを飼えること、子供の頃からずっと小鳥を飼育する環境が与えられてきたこと‥
昨年、一昨年と相次いで他界した、小鳥を飼う環境を与えてくれた両親に、この場を借りて今一度、心からの感謝の気持ちを送りたいと思いました。
両親が相次いでこの家で亡くなり、私を呼んでくれる人は、本来ならもう誰もいないはずなのに‥
今日も私を呼んでくれる誰かがいます。
「えりちゃん!えりちゃん!えりちゃん!えりちゃん!‥‥」
そうです。今日も元気一杯のコバタンの、りりーちゃんが、私を呼んでいます。

2024年9月1日
〜施設に保護されたアニマル達が、それぞれ皆、運命の里親様に出会い、お優しい里親様の元で幸せに暮らせることを、心から願って‥〜
⇑ この上に「ペットとのエピソード」を書こう
▶ Rakuten 動物保護団体支援プログラム×はてなブログ #ペットを飼うこと 特別お題キャンペーン
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今年一番驚いたこと

皆様、お元気でお過ごしでしょうか。
お元気でお過ごしでいらっしゃるといいな‥と思います。
又すっかりご無沙汰してしまいました。
早いもので、2023年も残り僅かとなってきました。
昨年に引き続き、今年も又哀しみのご報告があります。
2023年は、15年間に渡る肺癌の闘病生活を頑張り抜いた私の最愛の母が、旅立つ年となりました。

母は、15年前、近くの婦人科の病院で(元々私のかかりつけの先生でした)、健康診断で肺癌が見つかりました。
その後、虎ノ門病院本院の呼吸器内科で詳しく検査を受けて、母の肺癌は、日本人には珍しいタイプの肺腺癌(原発巣は、肺に一つですが、その他無数に肺内に癌が存在するタイプ)であることが分かりました。
肺の奥に、4センチ近い肺癌が見つかり、手術するには、場所も大きさも難しい状態で、手術不可能との診断でした。
15年前の癌治療は、手術して全摘することが、癌根治治療になる、その一択しかありませんでしたので、「あと、どの位生きられるのでしょうか?」という言葉が、一番に私の口からも出ました(母のいない場所で、医師に尋ねました)。

あれから15年が過ぎて、だから私は、色々な覚悟をする時間が十分ありました。
母が亡くなったことは、本当に哀しいのですが、未だ信じられない気持ちもありますが、受け入れられています。
母は、自宅が大好きで、15年の肺癌の闘病生活のほとんどの時間を、自宅で過ごしました。

今年の6月に、余命二ヶ月と医師に言われた時も、本来ならホスピスに行かれる方がほとんどだと思いますが、母の自宅にいたい‥という気持ちを尊重して、旅立ちの日迄、自宅で過ごしました。
母は、大好きな自宅から、りりーちゃんや私の存在を近くに感じながら、旅立ちました。
だからりりーちゃんも、りりーちゃんの大好きな母と、自宅で長く一緒に過ごすことができました。

りりーちゃんは、母が亡くなる一時間前迄、母の傍で寄り添っていました。
りりーちゃんにとっての母は、恋人的存在でした。
りりーちゃんは、とても喜んで、この時、母に一目惚れした感じでした。

母も、りりーちゃんをとても可愛がってくれました。
りりーちゃんを、厳しく叱ってもくれて、躾もしてくれました。
りりーちゃんは、母の抱っこやナデナデやニギコロ(写真)が、大好きでした。
母は、真夏に亡くなりましたが、火葬場が混雑していて、一週間自宅にいました。

りりーちゃんは、毎日母に会いにいきました。
全く動かない母を見守り、りりーちゃんなりに何かを感じているようでした。
その後、母は出棺になり、りりーちゃんは、母に会えなくなりました。
しばらくの間、母の部屋に行き、「お母さん」と呼び続けていました。

15年に渡る肺癌の闘病生活では、複数の抗がん剤治療を行い、おそらくその副作用で、国指定の難病も併発したりと、色々とありました。
でも肺癌を持ったまま、母のように長く闘病生活を送る方も、稀にいらっしゃるそうで、それは、肺癌には珍しい進行の遅い性質の肺癌であった‥ということになると思います。
肺癌は、基本的には進行の早い性質の癌細胞であることが、一般的になります。

母は、亡くなる二年前からは、末期がんの状態になり、2021年8月に、年内の余命宣告を受けました。
そこから又肺癌の新薬の抗がん剤を始め、その後二年間、延命する事ができました。
二年前からは、肺癌の影響で足の動脈が詰まり、歩行できなくなり、車椅子生活になりました。

脳への放射線治療などで(癌細胞に放射線をあてる過程で、正常細胞も傷つく影響)、認知症とも違うのですが、不思議ちゃんのような性格になり、私のこともよく、「お母さん」と呼んで、娘時代に戻ったような感じになっていました。

母は、元々おばさん少女のような性格の女性で、今迄もずっと、私が母の話しを聞いている方が多い関係でした。
母曰く、私は幼少期から頼もしく、頼り甲斐のある、しっかりものだったそうです。

りりーちゃんは、歩行困難で車椅子の娘のような感じになった母を、りりーちゃん自身が、守ってあげなきゃいけない‥という感じもありましたが、りりーちゃんにとっての、カリスマ的存在の母、グレイトママ、偉大な母から、可愛い女の子のママに、格下げになった様子で、りりーちゃんの母への態度が、最後二年は、かなり変わりました。

りりーちゃんは、本当に家族をよく観察しています。
勿論りりーちゃんは、母を変わらず大好きなのですが、小学生の男の子が、好きな女の子にわざといじわるするような。。りりーちゃんも、そんな感じになっていました。
オウムって、面白いな‥と改めて思いました。

前置きが、長くなりたしたが、母の15年間の肺癌の闘病生活については、いつかこのブログにも紹介したいです。
昨年今年は、私にとっての大変なことが、本当に多く、試練の年でしたので、今回も敢えて、楽しい内容の記事にして、今年を締めくくりたいと思います。

9月末に、りりーちゃんと私と高校時代からの親友と一緒に、神奈川県の箱根に一泊旅行に行きました。
親友は、母の葬儀にも、凄く久しぶりの連絡であったにも関わらず、参列してくれました。
葬儀は、母の希望もあり、昨年の父の家族葬が意外と素敵にできたので、母も「同じ感じでやって欲しい!」とオーダーがありました。

でも母の時は、父以上に参列人数も減りますし、良い感じでできるのかな?と思っていましたが、当日は、親戚のお姉さん2名、親戚のお兄さん2名、友人代表親友1名、弟会社代表1名の方々がご参列下さり、良い雰囲気の中執り行うことができました。
親友と親戚のお姉さん2名は、出棺前の花束献花にもお付き合い下さり、会場の雰囲気は、寂しい雰囲気ではなく、むしろ母らしい華やかな雰囲気で出棺迄できて、本当に有り難く思いました。

火葬場に向う私の車に親友が同乗してくれて、親友は、葬儀の間、母に「私に会わせてくれて、本当にありがとうございました。」と何度もお礼を伝えてくれたそうで、哀しみの中でも、私も有り難く救われる気持ちになりました。
この日、親友と会うのは、9年ぶりでした。
旅行に一緒に行くのは、実に25年ぶり位で‥
本当に、月日が過ぎるのは、早いな‥と思いました。

電話では、時々話しますが、凄く久しぶりに会っても、昔と変わらず話しができることは、有り難く凄いことだな‥と思います。
親友には、小学校高学年になる娘さんがいますが、その娘さんが林間学校のような行事で、3日間都合がつくので、会いましょう!ということになり、旅行に行きましょう!ということになりました。

親友は、特にペットも飼っていませんし、鳥も飼ったことはないのかな?と思いますが、りりーが同行することにも承知してくれました。
りりーちゃんは、基本的には優しくて良い子なのですが、気に入らない人には、飛びかかったりすることが、つい最近もあったので、大丈夫かな?と内心私は心配でしたが、りりーが良い子にできなかったら、まぁ一泊二日だし、ケージに入ってもらえばいいかな?と思っていました。

旅行当日、集合時間は、15時。
親友は娘さんを送りだし、洗濯を済ませて私の最寄り駅迄来てくれました。
りりーちゃんには、直前迄休んでもらって、私もゆっくり仕度ができて、親友と合流しました。
親友は、車に乗って、私達は、高校時代に戻ったように、おしゃべりを始めます。
りりーちゃんは、その様子をケージの中から観察して、知らない人だな‥というお顔をしていました。

親友にも断り、りりーちゃんを車内で放鳥してみました。
良い子にできなかったら、すぐにケージに戻すつもりでしたが‥
何と‥りりーちゃんは、とても良い子だったのです。
りりーちゃんは、親友のことが、好きになった様子でした。
親友と私とりりーちゃんでいる、この雰囲気を、りりーちゃんも楽しんでくれている感じがしました。

そしてりりーちゃんは、親友に良い子の自分を見せたい!と思ったようで、終始一貫、本当に良い子で過ごすことができました。
大型鳥のりりーちゃんは、人の子供のように、気に入られたいから、好きになって欲しいから、良い子でいよう!
そういう感情があるのですよね。
人間の男の子のように、りりーちゃんもちゃんと、いいカッコCをするのです。

人に気を遣ったりもしますし、人が育てているからこそなのですが、りりーちゃんは鳥なのですが、人のような言動&行動は、面白いな‥と思います。
コバタンのりりーちゃんの嘴は、とても大きくて、噛みつくとペンチの嘴ですので、威力も凄いのですが‥
大型鳥とも無縁の親友は、大胆にも‥堂々と、怖がることもなく、終始良い感じで接していました。

親友は、ガールスカウトを子供時代からずっと頑張っていて、ハーバード大学を卒業したり、JICAで途上国へ支援に行ったり、UNICEFで勤務したりと、今は母親業に専念しながら、PTA会長を務めたり、と素晴らしい女性なのですが、大型鳥とも渡り合える凄さというか、優しさや魅力があるのだな‥と、その魅力が、りりーにもちゃんと伝わって、りりーと親友があまりにいい感じで、私は正直驚いきました。

NPO法人TSUBASAでは、里親を決める時、人が決めるのではなく、鳥が決める‥と話していましたが‥
りりーちゃんは、親友を好きで、認めている感じがしました。
大型鳥は、鳥の中でも特に頭も良いですし、人間の子供に近い存在感がありますから、りりーちゃん自身が、この人が好き!と思うことが、大切なのだな‥と思いました。

親族であったとしても、相性が合わない場合もあるでしょうし、鳥さん自身の気持ちを尊重してあげることも、大切なことなのだな‥と痛感しました。
りりーちゃんは、助手席の親友側で、ドライブ中もずっと過ごしました。
飼い主の私側ではなく‥
亡き母の時もそうでしたので‥
りりーちゃんは、太っ腹な親友の雰囲気、優しい雰囲気が、母とどこか似ていて、心地良かったのかもしれません?

東名高速、海老名SA、小田原厚木道路、小田原PAで休憩して、西湘バイパスを通過して、根府川付近で海を見てから、本日の宿、サンダンスリゾート・箱根宮城野(https://www.sundance-resortclub.jp/resort/hakonemiyagino/)へ向かいました。

親友との旅行は、おしゃべりとゆっくり過ごすことが中心なので、りりーちゃんも含めて、ひたすらゆっくり過ごします。
サンダンスリゾート・宮城野は、サンダンスリゾートの会員制の宿ですが、満室でない時は、一般応募もあるそうです。
今回も、直前に予約させて頂き、宿泊しました。
私は、とても良いお宿だと思います。
親友も、喜んでくれました。

箱根のお宿は、全体的に宿泊費がお高めで、都心部から近いので当たり前なのかもしれませんが、ペットと泊まれる宿も、例外なくお高めですが、こちらのお宿は、価格も良心的でした。
鳥さん飼にも、お勧めできるお宿です。
りりーちゃんの宿泊許可がおりても、放鳥禁止の宿も多いのですが、こちらのお宿は、放鳥もOKでした。
だからりりーちゃんも、のびのびと過ごすことができました。

宿に着き、受付のホテルスタッフの方が、予約の際、「私も鳥を飼っていたことがあります。当日お目にかかるのが楽しみです」とお話し下さいましたが、実際のりりーちゃんを見て、「わ~大きな鳥さんですね。私は、インコちゃんのような小さな鳥さんを想像していました。私は、インコ飼いでした。オウムさん、可愛いですね。」と言って下さり、直ぐに私の持つキャリーにも目がいき、「そちらのキャリーは、お散歩用ですか?」と鳥飼い目線のご質問を頂きました。

りりーちゃんは、ドライブや旅行時は、ホーエイの35手のりピュアホワイトのケージで過ごしますが、お散歩の時は、リトルバディのキャリーになります。
ですので旅行時は、ホーエイのケージ&リトルバディのキャリーの二つのケージを宿に持ち込みます。
こちらのお宿は、放鳥OKですので、ケージやキャリーの掃除もゆっくりできて、とても助かりました。

サンダンスリゾートは、オーベルジュということで、お食事も美味しく頂きました。
親友も「美味しい!」と言ってくれました。
その後、りりーちゃんも含めてお部屋でゆっくり過ごして、りりーちゃんも、久しぶりの旅行で楽しくて、寝たがらなかったのですが、疲れているだろうから寝てもらい、私と親友は、温泉に入りました。
温泉も、とても良かったです。

露天風呂が気持ち良くて、朝も夜も入って、凄く久しぶりの温泉が、とても気持ち良かったです。
母も、連れてきてあげたら喜んだだろうな~と思う程、宿の雰囲気が良かったです。
温泉からお部屋に戻り、又ひたすらおしゃべりをして、気が付くと4時前になっていて、朝食迄少し寝よう!と眠りにつきました。

お部屋も広くて、私達がおしゃべりしている場所から離れた場所で、りりーちゃんには休んでもらいました。
ダイニングと寝室と二部屋ある、企業の保養施設のような広いお部屋でした。
短くても爆睡できて、朝がきました。

朝食も美味しく頂き、その後、りりーちゃんもゆっくり過ごしてもらい(放鳥して)、充実していて、楽しく過ごさせて頂きましたサンダンスリゾート・箱根宮城野を後にしました。
次に目指すのは、箱根神社です。
亡き母も好きだった箱根神社は、芦ノ湖の辺にある自然豊かな神社です。

この頃の私は、母の亡くなった直後で哀しかったのですが、母の残したローン(元々は、父名義のローンでした、リバースモゲージ)を借り換えしなくてはいけなかった為、大変でした。
今私が住んでいる家に抵当権がついていて、母の死後、完済の期限も決まっていた為‥その件の為の銀行めぐりも、大変でした。
母が、末期癌で要介護5でしたので、自宅介護では仕事にもいくことも難しい状態でしたが、父が行っていたささやかな副業を引き継いでおり、そちらの副業を仕事をしていることと認めて頂けた、楽天銀行に融資を申し込んでいました。

僅かな収入の仕事では、大手銀行ではなかなか仕事をしているとは見なしてもらえませんでしたが、楽天銀行は、認めてくれました。
箱根神社に行った時は、楽天銀行の融資の審査待ちをしていましたので、無事に融資が決まることをお願いしました。
その後、楽天銀行で融資が決まり、自宅にも無事に住み続けられるようになりました。
昨年は父が亡くなり、今年は母が亡くなり、役所提出の書類が複数発生しましたが、税務署へ提出書類(確定申告、準確定申告、相続関係書類など)、又法務局へ提出書類(不動産登記、抵当権関係書類)などは、ほとんど自分でやっています。

司法書士さんや税理士さんにお願いすると、どうしてもお高い料金が発生しますので、ネットやユーチューブなどを見て、役所に聞きながら、できることは自分でやろう!と思い、勉強&節約も兼ねて自分でやりました。
手間はかかりますが、難しくはないと思います。
役所の職員さんも、詳しく教えてくれます。
時間がかかるかもしれませんが、自力でやることも全然可能です。
銀行の抵当権を外すところも、自分でやりました。
環境省の登録票の登録手続き、更新手続きと、法務局の手続きは、少し似ているのかな?と思いました。

法務局が、場合によっては難易度が上がるかもしれませんが?
登録票の手続きを、少し難しくしたような書類もありました。
税務署の書類は、金額を入れる欄が多いので、環境省や法務局の手続き書類より難しいかもしれません?
りりーちゃんの登録票の次回の手続きも、近づいてきました。
5年に一回は、長いようで、意外とあっという間にきてしまう感じがします。
環境省のサイテス1の登録票の更新手続きは、忘れないように、気を付けなくてはいけませんね。

箱根神社に行くのも、凄く久しぶりでした。
以前と比べると、トイレも増えて綺麗になり、海外の方も利用され易くなっていました。
箱根神社は、自然の力が一杯感じられるところで、今風に言うと、スピリチュアルでパワースポット的な素晴らしい神社です。
りりーちゃんも一緒にお参りをして、次は、近くの箱根プリンスホテルに向かいました。

箱根プリンスホテルは、大好きな場所です。
芦ノ湖湖畔のホテルで、とても雰囲気が良いです。
特に好きな場所は、ホテルの前のプライベート庭園、湖畔に面したベンチです。
亡き母ともよく一緒に来てこのベンチに座りました。
母も、私も、赤毛のアンの映画が好きで、母は、本当によく、赤毛のアンの映画を自宅のディーガでも観ていました。
いつかプリンスエドワード島に行くことが夢でしたが‥

この場所も、少しプリンスエドワード島に似ているのかな?と思う程、素敵な場所でお勧めです。
私達が行った日は、暑かったですが、りりーちゃんと親友と私で、ゆっくりしました。
ホテル内にもレストランがありますが、ホテルに隣接したパン屋さん、カレーやラーメンが頂けるプリンスホテルのフードコートのようなお店があり、りりーちゃんを隠しながら、お昼を頂きました。

りりーちゃんは、リトルバディのキャリーにはいり、私のスカートがかけられています。
スカートをかけると、素人目には、鳥が入っているようには見えません。
店内は空いていて、広いお店の中で、お客様は三組位でした。
暑い日だったので、りりーちゃんを車内に置き去りにすることは、不可能な感じでした。

楽しかったプリンスホテルを後にして、次に向かったのは、箱根仙石原のススキの草原です。
こちらも、亡き母とよく行きました。
今年は、猛暑だった為、ススキの時期でしたが、未だ美しくなるのは、これからかな?という感じでしたが、親友は喜んでくれました。
昼間は勿論美しい仙石原のススキですが、夜間、月夜の日なども、美しいと私は思います。

楽しかった旅行も最後の地になります。
御殿場プレミアムアウトレットへ向かいます。
亡き母とは、御殿場プレミアムアウトレットがオープンしてから度々、20年位一緒に行きました。
雰囲気が外国のような感じで、富士山も大きくすぐ近くに見えて、風光明媚な観光地になります。
りりーちゃんも、我が家から一時間少しで到着する御殿場なら、距離的にも時間的にも、辛抱できて、楽しめる感じがします。
御殿場にある秩父宮記念公園も、桜の時期などお勧めです。
御殿場アウトレットは、りりーちゃんと一緒に入店できるお店が複数ありますが、夜間になり熱中症の心配などもないので、少しお疲れのりりーちゃんには、車内で休んでもらいました。
旅は、帰路に向かいます。
東名高速に乗り、足柄SAでゆっくり過ごしました。
平日の夜なので空いていて、スカートで隠された、りりーちゃんと親友と私で、ゆっくり過ごすことができました。
又沢山おしゃべりをして、車に戻りました。
りりーちゃんは、本当に良い子にしていました。
足柄を出発すると、りりーちゃんは、帰路へ向かっていることを理解している様子で、親友の肩に乗り、「大好きだよ!」とお別れを言い出しました。
りりーちゃんは、親友に、自分の話せるTPOに合う言葉を、一生懸命話しかけていました。
親友が、「オウム返しとよく言うけれど、りりーちゃんの場合は、人間返しだね!」と言っていました。
本当に、そうなのです。
りりーちゃんは、普段も色々と話しかけてきてくれて、こちらが返事をするという‥正に、人間返しになってしまうのです。
りりーちゃんのコミュニケーション能力の高さは、やはり男の子だから、求愛行動などにも起因するのかもしれませんが、人が好きな、りりーちゃんの明るい性格的な者も大きいのだと思います。
今回の初対面の親友の前でも良い子にできて、親友を大好きになったこと‥飼い主の私も初めての経験で、とても驚いたことです。
更に驚いたことは、りりーちゃんが旅行中、一度も車酔いして吐かなかったということです。
箱根は、私の好きな場所ですが、箱根駅伝を見ても分かるように、クネクネの山道で、りりーちゃんお迎え後に数回一緒に行きましたが、必ず車酔いして吐いてしまうので、行きたかったのですが、ずっと行っていませんでした。
今回は、親友と一緒に旅行ができて、りりーちゃんも楽しく良い緊張感の中で、車酔いが少なかったのかな?と思いました。
いつまでもおしゃべりが続く私と親友に合わせて、楽しんでくれていたりりーちゃんですが、足柄SA出発後は、かなり眠そうでしたので、ホーエイのケージに戻して休んでもらいました。
その後、港北PAで休憩して、都内の親友宅に送り、自宅に戻りました。
りりーちゃんは、そのまま車で休んでいてもらい、自宅のりりーちゃんのお部屋のケージを整えてから向かいに行き、お部屋のケージに入れました。
「おやすみ」とりりーちゃんは言って、すぐに嘴をジョリジョリさせて眠りました。
面白かったのは、その後数日間、りりーちゃんが自宅で良い子に過ごしていたことです。
きっと突然表れた親友が、又来てくれるかも?とお思って、りりーちゃんのいいカッコCは、続いたのかな?と推察します。
親友が、りりーに何度も「素敵な子だ!」と褒めたたえていたことが、強く印象に残りました。
私は、りりーに、「可愛い!」「綺麗!」「良い子」などは言いますが、「素敵な子だ」とは言ったことがありませんでした。
りりーも、親友に褒めてもらっていることが分かるようで、「素敵な子だ」と言われて、とても嬉しそうにしていました。
褒めて育てる‥ということは、本当に大切なことであると、改めて思いました。
ここ数年は、私にとっては試練の年でしたが、可愛いがってくれた父と母と次々に会えなくなり、りりーちゃんにとっても、ストレスフルで大変な試練だった思います。
今りりーちゃんは、毛引きが酷くなってしまっています。(りりーちゃんの中では酷いという意味)
鳥なのに、人間に家庭で家族として育てられて、鳥の心も持ちつつ、人の心も理解して、強い感情を持ち、深い愛情を持つ繊細な心も持つりりーちゃん‥
大人に成長して、ホルモンバランスも関係するでしょうし、精神的なストレスは、一番毛引きにも影響していると思います。
毛引きは、遺伝的なものもあるようなので、周りが神経質になり過ぎるのも良くないことだとますが‥
今の大変な時期を、りりーちゃんと一緒に、何とか乗り越えていけるように‥
私なりに努力していきたいです。
私も、りりーちゃんも、未だ未だ元気ではありませんが、マイペースに少しづつ、元気を取り戻していきたいです。
長文をご覧頂きまして、ありがとうございました。
皆様の2024年が、素晴らしい一年になりますように‥
Lots of love
りりーちゃんは、今年9回目のりりーサンタになりました。
りりーちゃんをいつも応援して頂きまして、ありがとうございます(*^^*)

そして
大好きなお母さん
ありがとう
愛をこめて

P.S 写真は、後日入れる予定です(*^^*)
今年一番楽しかった日

皆様、大変ご無沙汰しております。
前回、このブログを更新してから、早いもので、一年が経過してしまいました。
皆様は、いかがお過ごしでしょうか?
平穏でご無事な日々をお過ごしだといいな…と思います。

私とりりーの本年は、同居の父の旅立ちを見送る、哀しみの年となりました。
父は、六月末に、脳出血で亡くなりました。
以前から、非結核性抗酸菌症や肺癌など、肺を患っていましたが、医師から余命宣告されている訳でもなく、むしろ自宅で生活できます…との診断を受けて退院した直後のことでした。
だから今回の父の死は、急死に近い状態で、亡くなる直前に、りりーと部屋に、父の安否を確認しに行った時も、少し会話をしたりもしました。

りりーは、飼い主の私が言うのも何ですが、本当に気立ての良い鳥で、気難しい父に、いつも優しく寄り添い、慕い…
だから父も、りりーをすぐに好きになり、可愛がってくれていました。
人と仲良くしたい場合は、まずこちらから心を開かなくてはいけない…ということを、りりーは、身を持って教えてくれます。

りりーの家族への接し方を見ると、天賦の才なのか?と思う程、家族全員を慕い、甘え方が上手で…
りりーが、愛情深いのは、飼い主の私がりりーに注ぐ揺るぎない愛情からの自信なのかもしれませんが…

父のことは、いつかこのブログにも紹介できるといいな…と思います。
今は、母の介護や、父の残した諸問題で、私自身が多忙なので、今後いつかの日に、先延ばししたいと思います。

父が亡くなり、私も哀しかったのですが、りりーも本当に寂しそうでした。
りりーは今年、少し体調を崩したりもしました。
グローバル動物病院の広瀬先生、横浜小鳥の病院の海老沢先生にも診て頂きました。
りりー、万一ボルナウイルスとかだったらどうしよう?と、少し怖く思いましたが、ボルナではないとの診断でした。
毛引きも酷く(りりーの今迄の状態の中では…という意味です)

家庭内環境が変わり、私も心身共に忙しく、殺伐とした雰囲気の時も多く、こんな環境では仕方がないのかな?などとも思います。
SNSのフォロワーさんのキバタンの女の鳥さんで、元々は、旦那様が飼われて可愛がられていましたが、旦那様と別居もしくは離婚されて、奥様とお子様の元にキバタンは残されてしまいました。
しばらくは、キバタンはとても寂しそうでしたが、その後時間をかけて、奥様やお子様達に懐いていったお話しを、伺ったことがありました。

りりーは、今8歳ですが、今迄雛の時から可愛がってくれていた父がいなくなる…という状態になってしまいました。
りりーも、上記に紹介したキバタンさんと同様に、本当に寂しそうでしたが、時間をかけて、私と一緒に乗り越えていってくれている感じがしました。

愛鳥さんは、大切な家族との別離を、乗り越えていくことができるのだな…と、物哀しくも、成長するりりーの背中を、少し逞しくも思いました。
未だ8歳ですが、長寿な鳥さんは、家族構成の変化に、対応を迫られることがあるということを、身をもって実感する年となりました。

前置きが長くなりましたが…
私には、大変な年でしたので、今回は敢えて、今年りりーと楽しかった日のことを、ブログに残したいと思います。
それは、5月末、私の誕生日が5月なので、お誕生祝を、軽井沢日帰り旅行という形で行いました。
軽井沢には、三年ぶりに行きました。
しばらく軽井沢に行ってなかったので、凄く軽井沢に行きたくなっていました。

今回は、日帰りということで、車ではなく、新幹線の旅にしました。
東京駅から長野新幹線に乗車しますが、東京駅迄は、車で行きます。
その頃、丁度アメリカのバイデン大統領が来日されていて、首都高速が頻繁に規制がかかり、軽井沢に日帰り旅行に行く日を何時にするか?少し気を揉みました。

結局、バイデン大統領が次の訪問国に出国されてから、私も出発することにしました。
首都高速は、渋滞や規制などなく走れれば、本当に早く移動ができて素晴らしいのですが、渋滞や規制にあってしまうと、日帰り旅行なんて言ってられないほど時間がかかり大変なことになってしまいます。

出発は、11時でした。
その時の私は、母と父の介護中ですので、二人の朝の状態を確認してから、出発することにしました。
りりーも、この日、久しぶりのお出かけでした。
初夏で、少しジトっとした暑い日でした。
陽射しが眩しいお天気の日。
りりーと、先ずは東京駅に向けて出発です。
りりーは、晴天の久しぶりのドライブを、とても喜びました。

バイデン大統領の規制を避けたお陰もあり、渋滞もなく、スムーズに東京駅迄行くことができました。
駐車場は、丸の内ビルディングの地下駐車場に留めました。
料金は、5600円位でした。(24時間料金です)
こちらの駐車場は、ゆったりとした比較的広い作りで、治安も良好な印象があり、都内に行く時は、よく利用する駐車場です。
11時に我が家を出発して、11時45分には、丸ビル駐車場に駐車できたので、かなりスムーズに行けました。

りりーちゃんは、駐車場に着くと、何処かに行くのだな…と思ったようで、お出かけ用鳥カゴに入り(お出かけの時は、ホーエイの35手のりに、水、餌、副菜、おもちゃを入れて、座席後方に置いています。上部が開くので、大型鳥のりりーちゃんでも、上部から出入りできます。)、「りりーちゃんは、ここで休んでるから、飼い主一人で行ってきて!」と言っているようでしたが、私が、「今日は、すぐに戻ってこれない所に行くから、一緒に行きましょう~」と言って、キャリーに入ってもらいました。

りりーちゃんは、キャリーに入り、いざ長野新幹線ホームへ向けて出発です。
新幹線出発迄、約20分位です。
ぎりぎりなので、りりーちゃんのキャリーを持ち、小走りで東京駅ホームへ向けての道のりを進みます。
東京駅近辺は、東京オリンピック後の為、綺麗に整備されています。
りりーちゃんは、意外と楽しそうに、興味津々で東京駅のお店や人並みを眺めていました。

りりーちゃんは、今回二度目の新幹線乗車になります。
一度目は、8年前、ロロスバードファームから生後4ヶ月でお迎えに行った時に、名古屋駅から新横浜駅迄乗りました。
新幹線には、一人餌に移行できている生後4ヶ月の時期なら、問題ないとのことでした。
今回は、あれから八年が無事に経過して、東京駅から軽井沢駅迄の乗車になります。

新幹線の改札で切符を買う時に、りりーを見せて、『手荷物一枚お願い致します』と言いましたが、『東日本は、手荷物は必要ないですよ!』とのことでした。
8年前、東海道新幹線に乗車した時は、りりーには、手荷物の切符が必要でしたが、長野新幹線は、必要ありませんでした。

何とか出発にも間に合う感じで、新幹線の運転手さんらしい、素敵な制服を着用されている方に、次出発の長野新幹線の自由席は、どちらの方向でしょうか?とお尋ねしました。
親切に教えて頂きまして、りりーと一緒に自由席方向に進み、無事に長野新幹線に間に合いました。

平日の12時代ですので、長野新幹線舎内も比較的空いていて、一人で一列使用できる感じで、皆様ゆったりと座っていました。
りりーちゃんのキャリーは、折りたたみ式のテーブルの上にのせて、景色が良く見える体制にしました。
りりーちゃんは、とても嬉しそうに、外を眺めていました。

車で行くと時間もかかり、私自身がドライバーですので、かなり疲れます。
我が家から軽井沢迄は、5、6時間位はかかります。休憩もしますので…
高速移動してくれる新幹線は、本当に素晴らしいな…と思いました。
東京駅から軽井沢駅は、約1時間ですから、本当に、あっという間に着いてしまいます。
新幹線の中では、りりーちゃんは、とても良い子で、静かに過ごすことができました。
高崎駅を過ぎると、和服の美しい女性が、『可愛いオウムさんですね!』と話しかけて下さいました。
女性の方も、オカメインコの飼育歴をお持ちで、鳥談義に、花を咲かせました。
鳥のことも、詳しくご存知の方で、オカメインコとコバタンの飼育方法の違いや、爪切りなど、色々とご質問を頂きました。

女性の方は、鳥さんが大好きで、飼育を続けたいと思いましたが、オカメインコを飼われている時、高崎でオカメインコを飼うのは、難しい…と思われたそうです。
『鳥専門の良い病院が見つからなくて…』とお話しでした。
私に、『どちらにお住まいですか?』とお尋ねになり、『神奈川県です』と答えましたら、『それならオカメインコでも、コバタンでも飼育できますね~』と言われました。

私の飼育していたオカメインコルチノーのららちゃんが、24歳迄生きたことにも大変興味を持たれていました。
長く生きれた理由は、ららちゃんの持って生まれた強さと共に、ずっとお世話になっている、グローバル動物病院の広瀬先生のお力添えあってで、本当に、女性の方のおっしゃる通り、動物病院の存在は、なくてはならない存在です。
愛鳥さんが、高齢鳥になればなるほど、そのことは、身にしみて感じてくると思います。

女性の方は、オカメインコ、鳥の飼育は、飼われていたオカメインコさんが旅立たれたのを最後になさって、今は、猫ちゃんを4匹飼われているそうです。
4匹の猫ちゃんは、みんな好きな餌の銘柄が違い、4匹全員、毎回の餌の内容が違い、用意することが意外と大変であること…
猫ちゃんの為に、旅行は泊まりは止めて、日帰りにされていること…
猫ちゃん達の性格が、みんな違っていて楽しいことなどなど…
色々とお話し下さいました。

そしてお話しは、最後迄看取ることができるか?
里親さんについて…などなど…
愛猫ちゃん達の未来のお話しにも発展しました。
私にも、『長寿になるかもしれない、オウムの将来についてを、どのように考えているのか?』などなど…お尋ねになりました。

本当に、意識の高い美しくお優しい女性の方で、初対面なのに、ずっと以前からお知り合いの方のように、二人のトークは大変盛り上がり、あっという間に軽井沢駅に到着してしまいました。
名残り惜しかったですが、楽しい時間をご一緒した女性の方ともお別れをして、いよいよ日帰り旅行の地、軽井沢に到着しました。
軽井沢で過ごす時間は、約6時間です。

軽井沢の駅のホームに降りたら、爽やかな風が吹いていました。
東京駅のジトっとした暑さとは全然違う、とても気持ちの良い爽やかな風に、ビックリしました。
新幹線で一時間走行すると、こんなに空気感の違う場所へ来れるのだな…と感動しました。

私の下車したホーム近辺から改札に上がる為には、長い階段か、エレベーターしかありませんでした。
りりーのキャリーは、けっこう重たいので、エレベーターに乗ることにしました。
駅のホームで、りりーちゃんと記念撮影をしていた為、エレベーターに乗る列の一番後ろに並びました。

コロナ禍ですし、りりーちゃんも一緒ですので、エレベーターが空く迄待たないと仕方ないな…と思っていましたが、意外と大勢の方が乗れるエレベーターで、一番後ろに並んでいた私も無理すれば乗れそうな感じでしたが、りりーちゃんもいるし、次にしよう!と思ったのですが、エレベーターに乗られている方が、皆様ご親切で、『未だ乗れますよ!』と声をかけて下さり、『乗って!乗って!』という雰囲気になりました。
軽井沢に6時間しか滞在時間のない私にとっては、本当は混雑エレベーターにも乗りたいところでした。

皆様のあたたかいお言葉に甘えて、無理やりエレベーターに乗ると…
エレベーターの奥の方で、エレベーターの操作ボタンを押して下さっている方が
『大丈夫ですか?』と、私に声をかけて下さいました。
そうしたら『大丈夫だよ!』と…
私より先に、りりーちゃんが返事をしてくれました。

りりーちゃんの声は、可愛い女の子のような声なので、りりーちゃんが、おしゃべりしている現場を見ていない方は、子供が返事をした…と聞こえる感じでしたが…
今回、りりーちゃんが『大丈夫だよ!』と返事をした一部始終をご覧になっていた方がいらっしゃり…
その方が『キャー!』と悲鳴のような、ビックリした反応をされて、
『鳥が、鳥が、大丈夫だよ!って、返事した!』とおっしゃいました。

りりーちゃんは、軽井沢に着いたこの頃は、すっかり旅行気分を満喫している様子で、とても楽しくて、『大丈夫ですか?』と自分達が聞かれていることも理解して、つい『大丈夫だよ』と返事をしてしまったのだと思います。

普段から、この位の会話のやり取りはしていますので、今回は、家ではなく外で、実践的に返事をした感じになりました。
鳥が、おしゃべりすることは有名ですが、鳥が会話ができることは、きっとそこまで有名ではないので、りりーちゃんが会話をする現場を見た方は、きっと初めて見て、本当にビックリされたのだと思います。

りりーちゃんも、軽井沢日帰り旅行を、楽しんでくれている様子なので、私も安心して次の行動へ移れました。
鳥さんも、旅行中は、かなり疲れますので、無理は禁物です。
りりーちゃんが、旅行スケジュールに、気持ち的についてこれているか?確認しつつ…

次は、レンタカーを借りに行きます。
軽井沢のレンタカー会社さんは、皆様、鳥連れにも優しい姿勢で、複数のレンタカー会社に『オウムと乗車できますか?』とお尋ねしましたが、皆様『オウムさんですね。大丈夫ですよ!』とのことでした。
ただレンタカーですので、車内での放鳥は厳禁になります。
私は、JRの駅レンタカーでお借りすることにしました。
軽井沢駅からも近くて、車の台数も多くてお勧めです。

レンタカーを借りて、軽井沢駅周辺を走ってみました。
三年ぶりの軽井沢でしたが、全く変わっていない感じがして(細かい所は、きっと変わっているのだと思いますが)、以前来た軽井沢と同じ感じが又懐かしく、いつ来ても同じ感じ、変わっていない所が、軽井沢の良さなのかな?と…
タイムスリップした感覚になりました。

今は、自宅で介護中の母が、待ち合わせ場所から車に乗ってきそうな、そんな錯覚を起こしそうな程…変わっていない。。。
昔(数年前ですが)と同じ軽井沢の懐かしさに、癒やされました。

軽井沢は、5月のゴールデンウィークの後は、空いていてお勧めだそうです。
土日であっても、他の気候の良い時期の中では、圧倒的に空いている…とのことでした。
でも場所によっては、人が少な過ぎて、寂しくなるような…コロナ禍もありますし、仕方ないのかな?などと思いました。

軽井沢の滞在時間は、新幹線の待ち時間も含めてですので、レンタカーでウロウロできる時間は、5時間位です。
レンタカーのお陰で、思いつく、行きたい場所、行ける場所へ行くことができました。
ハルニレテラス、軽井沢高原協会、中軽井沢、旧軽井沢、軽井沢プリウスアウトレット他…
軽井沢の空気感が、どこに行っても気持ち良くて!
リフレッシュすることができました。

ハルニレテラス(野外)では、小虫が多くて、気になって、野外ではゆっくりできませんでした。
紅葉の時期に来ることが多いので、今迄あまり気になりませんでしたが、気温の高い初夏は、自然ですから虫が多くて当たり前ですよね。
又秋に来る時は、日没が早く17時には、真っ暗になりますが、今回初夏では、19時前でも明るくて、そういう意味でも、日帰り旅行に最適の時期とも言えます。

レンタカーは、18時45分迄に返さないといけないので、最後は、近くの軽井沢プリンスアウトレットで時間調整しました。
りりーちゃんは、楽しそうにはしゃぎ続けているので、こちらのアウトレットは、ペット入店可のお店が多いのですが、車の中で少し休んでもらおうと思いましたが、駐車場にもいつまでも陽が当たる状態でしたが、木かげを探し、少しだけ休んでもらいました。

レンタカーを無事に返して、軽井沢の駅に向かい、軽井沢の駅で、家族へのお土産の峠の釜めしを購入して、新幹線の待ち時間迄、改札外のベンチでりりーちゃんと座って待っていました。
昼間は、少し暑い位の初夏の一日でしたが、夕方は、肌寒くなります。
りりーちゃんは、駅の改札を見て、人並みを観察している感じでした。

好奇心一杯の可愛い瞳…
りりーちゃんは、凛とした姿勢で、かっこ良くも見えました。
8歳になったりりーちゃんには、少し風格もでてきました。

りりーちゃんには、両親の介護などで、苦労をかけていますが(私に時間がなかったり、気持ちの余裕がなかったり)、これからもりりーちゃんの良い面を、失うことのないように…
大変な環境の中でも伸ばしていけるように…
私も頑張らなくてはいけないな〜と思いました。

短い時間でしたが、楽しかった軽井沢を後にして、無事新幹線に乗車しました。
軽井沢駅発19時代の東京駅行き新幹線です。
帰りの新幹線も空いていて、自由席は、一人一例使用の状態でした。
りりーちゃんは、長野新幹線は、意外と横揺れが多くて、新幹線に醉ってしまったようで、少し吐いてしまいました。

軽井沢駅で待っている間に、飼い主と共に、少し食べましたので、その後、吐いてしまいました(;_;)
その後は、ウトウトと気持ち良さそうに居眠りをしていました。
りりーちゃんは、帰りの新幹線でも、とてもお利口に過ごすことができました。

りりーちゃんは、比較的TPOを理解できるようで、今静かにしなくてはいけない場所なのか?少し騒いでもいい場所なのか?雰囲気、空気感を理解してくれている感じがします。

鳥さんのお出かけ、お散歩は、ロストの心配や、感染症の心配がある為、賛否がありますが、りりーちゃんが、いざという時にお利口にできるのも、お出かけやお散歩を、日頃からしている影響もあるのかな…と思います。
鳥さんも人と同様で、突然できることは少ないと思いますので、日頃からの練習、過ごし方が大切なのだと思います。

東京駅には、20時45分頃到着しました。
夜の人混みを抜けて、丸ビルの駐車場へ向かいました。
丸ビルで、スタバのコーヒーを買って、成城石井で食材を購入して、東京駅を後にしました。
帰りの首都高速も運良く空いていて、スムーズに家に着きました。

家に帰ると、母が起きていて、父と共に、今日一日、無事に過ごせた話しを聞きました。
今年一番楽しい日は、りりーちゃんと軽井沢に日帰り旅行に行ったことですが、家に帰ると両親がいることも有り難く思えました。

亭主元気で留守が良いと言いますが、家に帰ると家族がいてくれることは、私だけでなく、りりーちゃんにとっても、とても大切なことだったのだな…と思います。
その夜のりりーちゃんは、非日常の旅行体験がとても楽しかったようで、いつまでも寝たがらず、興奮している感じでした。
りりーちゃんと、『楽しかったね~』と何度も言い合い、今年一番楽しかった日が、終わりました。

今年は、父が亡くなり、何かと忙しくて、SNSの更新は、難しいかな…と思いましたが、ブログの更新もできまして、本当に良かったです。
取り留めのない記事を、最後迄お読み頂きまして、本当にありがとうございましたm(_ _)m

最後になりましたが、りりーちゃんは、今年8歳になり、9回目のりりーサンタになりました。
今年は、コロナ禍で、円安、物価高、ウクライナ戦争…本当に大変な一年に、時代になってしまいました(;_;)
私も、人生の中で、今は大変な時と思い、難局を乗り越えようと…日々頑張っています。
寒い冬の日が続きますので、皆様も、どうぞご自愛なさってくださいね(*^^*)

🌸🌸🌸Season's Greetings ☆❄️❄️❄️❄️
✨✨皆様の2023年が、良い一年になりますように✨✨
令和4年12月31日

【登録票の重要性について】ワシントン条約サイテス1〜2021年の年の瀬に思うこと

皆様、ご無沙汰しております。
コロナがなかなか収束しないで、長期戦になっていますので、ご苦労が多い日々をお過ごしの方も多くいらっしゃることと思います。
どうぞお身体を大切になさってくださいね。
難しいことかもしれませんが、大変な時も、希望を忘れないで頂きたく思います。

本年は、私の同居の両親の病気看病&介護、特に、長年闘病生活を送ってきました母親の容態が、日に日に悪くなってしまい、足も不自由になり、車椅子生活になった為、お世話で忙しくなり、私にとっても、あっという間の一年でした。
私自身も、最近、母の転倒に巻き込まれて、左手の人差し指を病的骨折してしまい、手術をしたり、大変な状態になってしまいました。
そんな中での2021年、年末、本年一度切りの更新となりますが
心をこめて、お届けしたいと思います。

コバタンのりりーちゃんは、6月に、7歳になりました。
私が、忙しく、手厚いお世話も、全然できてはいませんが、りりーちゃんは、優しく良い子に成長しています。
少し毛引きをしていますが、元気そうにしています。

今年、りりーちゃんは、ツイッター経由で(ツイッターもしております)、テレビ朝日の報道局から取材を受けたりもしました。
🔴【グッドモーニング】
『今日一日が、明るくなるニュース』

放送されるかも?でしたが、結局、放送はされませんでした。
残念なような…ホッとしたような…
不思議な気分になりましたが、
テレビに出演するのは、本当に難しいのだな…と思いました。

取材を受けるきっかけになった動画は、りりーちゃんが、ドアを開けている動画なのですが…
『ドアを開けている鳥がいる』…と、テレビ朝日の報道局のスタッフの皆様で、話題になっていたそうです。

りりーちゃんは、とても活発な男の子です。
生後4ヶ月から、我が家で過ごしていますが、毎日毎日、我が家で、沢山運動を、飛翔、跳躍、ランニングをしてきました。
りりーちゃんにとっては、我が家自体が、大きなおもちゃのように思っているようで、家の中でも、感心するかのように、りりーちゃん自身が、考え出した、様々な遊びを披露してくれます。

家族が、揃うと、自分の腕前を、「ほら、見て!りーちゃん凄いでしょう!」と言うかのように、色々と披露してくれます。
ドア開けも、そんな遊びの一つでした。
ドアによって、開け方を変えたりするので、本当に凄いな…と思います。

全ての種類の鳥さん達は、本当に賢くて素晴らしいですよね。
りりーちゃんは、オウムで、大型鳥ですが
想像力もあって、色々と自分で考えて、楽しんでいる感じがします。
おもちゃも、副菜も、沢山お部屋に出しているので、りりーちゃんは、その中で組み合わせて、2つ以上を選んで、一緒にして楽しそうに遊んだりします。

りりーちゃんの前に飼っていたオカメインコのららちゃんも一人っ子でしたが
りりーちゃんをお迎えする時も、お迎え後も、お友達の鳥をお迎えするか?否か?探しましたし、悩みましたが、
りりーちゃんは、今では、一人っ子がしっかり板についていて、一羽でも、モクモクと遊んで、自分一羽の世界観のようなものも感じさせる、少しだけ
風格のある鳥に成長しました。
りりーちゃんには、驚かされたり、ビックリしたり、感動、感心することが、飼い主も多いです。

5歳位迄は、ひたすら活発で、破壊活動に必死でしたが、最近は、人と一緒に過ごす時間を、りりーちゃん自身も、大切にしているようです。
以前のように、闇雲に破壊活動はしなくなりましたし、以前のようにおもちゃでも遊ばなくなりました。
大型鳥の成長は、ゆっくりとしていて、でも確実に変化もあって、人間の子供の成長に、少し似ている感じがします。

今回の私の骨折は、病的骨折ということで、元々病気のあった手に、衝撃が加わり、骨折になった為、骨折箇所の損傷が酷く、後遺症も残るとのことでした。
3歳から弾いてきたピアノも、今後は、今迄と同様の演奏は、難しくなるようですが、私自身も本当に悲しいのですが、実は未だそんなには絶望はしていなくて、不思議に思っています。
先代オカメインコのららを亡くした時の、深い絶望感とは、違いました。

愛する鳥さんは、本当にかけがえのない存在で、他の何者にも変えることはできない…
愛する鳥さんは、大切な家族であり、子供のような存在で、
だから飼い主さんは、生き物を飼うことについて、覚悟を決めて飼わなくてはいけないのだと…私は思います。
特に、りりーちゃんのような大型鳥は、飼育が大変な場合が多くあると思います。

コロナ禍で、捨てられるペットが沢山出ている現状、鳥達も例外ではありません。
ペットショップで、一目惚れして飼うことは絶対やめて
沢山悩んで、考えて、この子の面倒を、お世話を一生できるのか?考えて決めて頂きたいと思います。
鳥さんは、考えることができる生き物です。
飼い主さんが、思うことが、分かる生き物です。
とても手強い相手です。

でも飼い主さんが、愛鳥さんを大切に飼えるのならば、最高の関係が築ける場合が多いと思います。
共に、幸せな日々を過ごすことができます。
今回、私の手術は、手の手術でしたので、手術による死亡の可能性はないとの説明を、医師から受けましたが
どんなに飼い主さんに深い愛情があっても、長寿の鳥さんは、飼い続けることが出来なくなる可能性も、常にあるのだと思います。

コバタンのりりーちゃんは、ワシントン条約サイテス1の絶滅危惧種です。
飼い主さんが飼えなくなり、他者へ譲渡する場合は、環境省発行の登録票が、必ず必要になります。
また、同じくサイテス1の、ヨウムの飼い主さんも、現在、登録票の更新時期を迎えられている方が多くいらっしゃると思います。

登録票の更新は、有効期限の6ヶ月前からできます。
3桁以上のクローズドの足環がない鳥さんは、マイクロチップの装入が必要になります。
マイクロチップ装入は、動物病院で行いますが、時間がかかる場合もありますが、その旨を、自然環境保護センターのスタッフの方にお話し頂けましたら、ご考慮頂ける場合がありますので、最後迄諦めずに、更新されて下さい。

又、更新期限が切れた場合でも、登録票が、お手元にあれば、登録票を復活させる手続きも、自然環境研究センターでは行なっています。
現在の法律では、登録票に割り当てられる番号は、一羽に対して、一つの番号です。
よって登録票に割り当てられた愛鳥さんの番号は、とても大切な番号になります。
登録票は、紛失しないように…
マイクロチップ装入などに悩まれて、すぐに更新しないで、例え有効期限が切れていても、大切に保管してください。

登録票については、全ての飼い主さんには関係がないものではありますが、
お一人でも多くの方に、サイテス1の鳥達に纏わる現状、登録票のことを知って頂きたい‼️との思いを込めて記載していますので、この記事をご覧頂けますことは、大変有り難く思います。

私自身も、経験があるのですが…
知人と話していて、おばあ様の飼われているオウムの話になった事がありました。
そのような時に、この登録票のお話しをして頂けますと、有難いな✨と思います。
(登録票が必要なのは、サイテス1だけですが)

ご高齢の方が飼われているオウムは、ワシントン条約、絶滅危惧種サイテス2の時点で、ご購入された場合も多くあり、その後、サイテス1に格上げになり、登録票がないと、飼い主様に相続人がいらっしゃらない場合は、飼われているオウムは、動物園や学術施設にしか、譲渡ができなくなり、家庭で飼育することができなくなります。
これは、今迄家庭で飼われていて、知能が高く、愛情深い鳥達には、とても可哀想なことだと思います。

環境省「種の保存法」の法律のことなので、難しく感じる方も多くいらっしゃると思いますが…
比較的ご高齢の方がオウムを飼われている現場に、出会われた方は、『サイテス1への格上げになっていないか?登録票は、大丈夫でしたか?』などお尋ねして頂けますと、有難く思います。
ヨウム、コバタン、オオバタン、キエリボウシインコ他…登録票を取得されないで飼われている方や、サイテス1に格上げになったことを知らないで、飼われている方も、中にはいらっしゃるかと思います。

法律は、飼い主様の知らない間に変わっていて、エキゾチックアニマルを飼育する飼い主様は、知らなかったでは…すまされない!という現実が、現状であります。(分かり難いことで大変ですが)
でもこのような法律の改正や、ワシントン条約絶滅危惧種サイテス1に格上げについて、全く意識なく、生活されている方もいらっしゃることも又、事実ですので…
実際、環境省の法律改正などは、ネット環境がないと、飼い主様に伝わり難い現状があります。
オウムを飼われていて、比較的ご高齢の方(SNSとは無縁)とお話しする機会がございましたら、是非このような事情を、お話し頂けますと、本当に有難く思います。

すべての飼い鳥達が、動物園ではなく、家庭で
お優しい飼い主様の元で、幸せに過ごせますように🐥
新しいお優しい里親様の元で、幸せな鳥生を過ごすことができますように…
鳥を愛する皆様、どうぞ宜しくお願い致します。

私のブログは、本当に更新されていませんが、それでも観にきて下さる方がいらっしゃったり
白色オウム飼の方が、飼育のご相談を下さったり、
りりーちゃんの写真、ブログを観て、白色オウムのお迎えを決めました…とご報告を頂いたりもしました。
本当に…嬉しく思います。
ありがとうございます。

鳥の美しさ、賢さ、優しさ、素晴らしさを、これからも、鳥を愛する皆様と共有できたら、私もとても幸せに思います。
寒さ本番の、厳しい寒い季節が続きます。
コロナの感染拡大もありますので、皆様、愛鳥さんと共に、どうぞお身体を大切になさってくださいね(^.^)

長文を最後迄、ご覧頂きまして、誠にありがとうございました。
✨✨2021年12月24日には、8回目の『りりーサンタ』になりました🐦🐦

令和3年12月31日
新型コロナウイルスと愛鳥さんの感染症対策の重要性について(鳥インフルエンザ含む)~2020年の年末に思いを寄せて~

始めに…
新型コロナウイルスで、お亡くなりになった方のご冥福を、心よりお祈り申し上げます
早いもので、2020年も年末を迎えました。
失われた2020年…と言っても過言ではない程、本当に大変な、苦しい一年が終わりますね。
戦争を経験していない、私達世代には、今年の経験は、普段体験できないような、大変な、災害レベルの経験をしたような一年だったと思います。
過去に、自然災害で、もっと哀しくお辛い思いを経験されている方も、いらっしゃると思いますが…
コロナ禍の生活は、ステイホーム他、耐え忍ぶことが多く感じます。
新型コロナウイルスは、見えないウイルスで、しかも感染しても、無症状な場合が多く、気がついた時には、感染拡大している手強さ…
決して比べものにはなりませんが、戦争禍の方達も、ひたすら戦争が終わることを祈り、爆弾から逃げて、耐え続ける…
少しだけ、そんな大変な時代を想像することができた、2020年は、そんな一年だったな…と思います。

新型コロナウイルスは、発生から長い間、放置期間があったのではないかな⁉️と推測します。
昨年、2019年10月頃の中国、武漢での発生と、様々な資料で言われていますが…
2018年頃から新型コロナウイルスは、存在していたのでは…❓という資料も拝見しました。
実際のところ、新型コロナウイルスの起源は、どこで(おそらく中国の南方付近)、いつ頃発生したのか?正確な解明が待たれますね。
様々な資料で言われているように、中国共産党が、意図的に新型コロナウイルスを世界にばらまいた可能性もあるとのこと…
中国は、過去にも、ペストを、ヨーロッパに意図的にばらまいた(結果的に、ヨーロッパにペストを拡げるきっかけをつくった)歴史がありますので、可能性はあるかもしれませんよね。

下記リンクは、モンゴル帝国が、ペストの死体を、ヨーロッパの玄関に位置する街、カッファに投げ込み、ヨーロッパへペストを拡げるきっかけをつくった事件が記載されています。
モンゴル帝国の巨大交易網と黒死病~グローバリゼーションが伝染病を拡大~ │ LOGI-BIZ online ロジスティクス・物流業界ニュースマガジン
上記リンクより抜粋
~史上初の生物兵器投入?~
カッファを囲むジョチ ・ウルス軍、指揮を執るジャーニー・ベク・ハンは撤退を決意したものの、怒りと悔しさのあまり、呪詛の言葉と共にある命令を下します。
不幸のおすそ分けとばかりに、ペストにより死亡した兵士の死体をカタパルト(投石機)でカッファの街へと投射させたのです。
なお、これは史上初の生物兵器(この場合はウイルス・細菌兵器を指す。馬や蜂や植物毒は含めない)による攻撃とも言われます。

今年の香港の酷く悲しい中国共産党の強制的支配…
ナチスの強制収容所を彷彿させる、ウイグル族への非人道的な扱い…
中国共産党のマスク、ワクチン外交(ワクチン外交は、これからですが)…
これから新型コロナで経済的に困窮している国々を、中国共産党は、資金をばらまいて、どんどんと飲み込んでいくのかな⁉️と思います。
トルコ、パキスタン、モンゴル、ラオス、キルギス他を始め、様々な国が今、そんな危険にさらされています。
巨大な怪物のようになってしまった、中国共産党の今後の動向が、本当に気になります。

温暖化が進む現在、新しい感染症の危機に、私達は、今後も、度々曝されていくのかもしれませんが、どんなに新型の感染症だったとしても、早期の適切な対応ができていれば、今回のように、世界中が飲み込まれてしまう程の脅威のウイルスには、決してならないはずであり、早期の包み隠さない報告と、対応を、中国共産党には、今後はお願いしたい限りです。
歴史的に見ても、中国が起源のウイルスが多くあります。
今後も又、中国から発症する可能性は高いので、中国共産党には、早期の正確な情報提供をお願いしたいです。
昔からの風習なのでしょうが、ウイルスを多く保有する野生生物を生で食することも、徹底的に禁止して頂きたいです。

鳥さんのウイルスも又同様で、早期発見、早期治療が、個体の生存に、延命に繋がると思います。
今年は、大変な一年でしたが、ウイルスの脅威を肌で痛感できた年でもありました。
鳥さんの医療は、犬猫達の医療レベルに比べれば、江戸時代レベルと言われている方もいらっしゃいました。
実際、愛鳥さんに、納得できる治療を受けさせる為には、飼い主さんが、獣医師さんを選んでお願いしないと、助かるはずの命も、助からない場合もあると思います。
全国規模で見ても、適切な治療ができる鳥専門の獣医師が在住している都道府県はそんなに多くないのも又、現実だと思います。

都道府県内に、鳥専門の病院がない、鳥専門の病院があっても、物足りない感じがする…とお困りの方もいらっしゃると思います。
鳥さんが、病気でも専門病院で診てもらえない…
納得のできる治療を、お願いできない…
飼い主さんにとって、どんなにお辛いことかと思います。
でもそれならば、飼い主さんは、普段から書物やSNSで独学されて、愛鳥さんを病気にさせない…という予防に、重点を置くことが、とても重要だと思います。
愛鳥さんを、元気で長生きさせる為には…
・無駄な感染症に、愛鳥さんを曝さないこと…
・病気にさせない生活を目指すこと…
・そもそも最初のお迎え先を考えること(優良なブリーダーさんからのお迎えがお薦めです)

私達、愛鳥家が注意しなくてはいけないことを、この悲しく苦しい新型コロナウイルスの生活の中で、鳥さんの感染症の怖さを今一度考えていきたいですね。
今年は、下記リンク記事で、鳥さんの感染対策についても記載させて頂きました。
私が、今迄、獣医師さんに伺ったことや、学んだことを、記載させて頂いています。

新型コロナウイルスは、建物の倒壊を伴う自然災害ではありませんので、ヨウム、コバタン、オオバタン他、サイテス1の鳥種を飼育している方は、新型コロナウイルスに伴う入院の場合でも、サイテス1の他者へのお預けの際には、通常通りの『登録票』が必要になります。
(地震や台風など、建物の倒壊を伴う自然災害の場合で、環境省が認めた災害時の場合は、サイテス1の鳥種を『登録票』なしに、一時的に他者に預けることができる場合があります)
『登録票』については、5年毎の更新制に、平成30年6月「種の保存法」法改正により変更がありましたので、サイテス1の飼い主さんは、くれぐれもご注意なさってください。
『登録票』の記事については、下記リンクの記事をご覧になってください。

新型コロナウイルスは、世界の分断を進めました。
21世紀になって、こんなに分断した世界を見ることになるなんて…本当に、悲しいことですね。
見えないウイルス相手ですから、仕方のないことなのかもしれませんが…
個人レベルで考えても、コロナが感染拡大しても、毎日、混雑している電車に乗って、仕事に行かなくてはいけない❗
精神的な疲労も、マックスだと思います。
私の沿線でも、マスクをしているのに、鼻がでている…と、スプレーを噴射した方がいました。
確かに…マスクで、鼻迄おおうべきですが、
本当に、皆様、精神的に疲れているのだな…と思わされた事件でした。
ただですら混雑して気分の悪い満員電車なのに、コロナの感染拡大で、多くの方の精神面も、本当に心配だな…と思います。

コロナの感染拡大が拡がり、医療崩壊が迫る寒い冬場の時期ですので、
どうぞお休みできる時な、なるべく休まれてくださいね。
椅子に座るだけでは、地球には重力があるので、体は、本当の意味では休まっていないそうです。
お休みできる時は、横になって、お休みくださいね。

現在、新型コロナウイルスの感染が拡大している地域では、布マスクではなくて、不織布マスク、サージカルマスクがお薦めだと思います。
冬場の時期だけでも、感染拡大を広めない為にも、人と接する時は、不織布マスク、サージカルマスクがお薦めになります。

来年、新型コロナウイルスを早期に収束に向かわせる為には、多くの方のワクチン摂取が有益なのだと思います。(集団免疫取得の為に)
重症化を防ぐという意味合いでも、ご高齢の方や、持病のある方の摂取により、重症化を防いで、逼迫している医療現場を救える、ワクチンは素晴らしい存在だと思います。
副作用も心配ですが、重症化は、もっと心配なので、該当する方のワクチン摂取は、有益だと思いますが…
ただお若い方のワクチン摂取については、ワクチンを摂取してくれるのかな⁉️と疑問に思います。
ワクチンを、多くの方で摂取して、集団免疫をとるという方法が、早期のコロナの終息に繋がると思うのですが、特に、行動範囲の広い、20代、30代の方の摂取が、望ましいと思いますが、副作用のご心配もありますし、摂取して頂けるのか?疑問を感じます。
お若い方限定で、摂取して頂いた方には、政府が、マイナポイントのように、ポイントバックをしたりして、摂取が増えるようにするとよいのでは…と思います。
2010年2月のバンクーバー冬季五輪では、新型インフルエンザの感染拡大が懸念されていましたが、4カ月前にワクチン接種が開始され開催可能な状況になりました。
多くの方のワクチン摂取とオリンピック開催は、セットのように思われます。

東京都福祉保健局公式ホームページへのジャンプページ|東京都福祉保健局
新型コロナウイルスの感染拡大に隠れがちですが、今年は、鳥インフルエンザも、大変な猛威をふるっています。
鳥インフルエンザの流行期間は…
・愛鳥さんに、地面を歩かせたり
・愛鳥さんを、枝にとまらせない
・愛鳥さんを、野鳥が多く集まる場所にお散歩に行かない
・自宅のお庭で、餌をまいて、野鳥を集めたりしない
上記は、控えた方が宜しいかと思います。
ご心配で、日光浴も控えている方もいらっしゃることと思います。
今の時期は、室内飼いを徹底されることが、鳥インフルエンザの感染リスクから、鳥さんを守り安全だと思います。
我が家のりりーちゃんは、時々、短時間の日光浴、キャリーでのお散歩をしています。
帰宅後すぐに、シャワーで水浴びをしています。


インコオウムは、鳥インフルエンザに罹患できる。
けれども、感染が起きるのは、陽性の野鳥と一緒のケージに入れるようなことを行なった時で
インコオウム類、飼い鳥は、室内飼育を徹底すれば、鳥インフルエンザ感染のリスクは低いと思われます。
感染リスクの高い種は鶏、うずら、水鳥、あひる他です。

ツイッターの、HIRO@鳥世話日記さんが、
上記、海外の医学書を解説して下さっていましたが、
私も、同内容を、20年来のかかりつけの、とても信頼のできる獣医師から、以前伺ったことがありました。
インコ、オウム類は、適切な感染対策を行っていれば問題ない…とのことでした。

例えば、鶏やアヒルを飼育されていて、その鳥さんが鳥インフルエンザに感染した場合は(飼い主さんが、気がつかない内に感染した場合)、一緒に飼育している鳥さんへ、同じ空間でずっと一緒に飼育し続けるので、感染リスクが高くなります。
鶏、うずら、アヒル、水鳥、渡り鳥の種類を飼育されている方は、鳥インフルエンザの強い対策をなさった方が宜しいと思います。
くれぐれもお気をつけになって下さい。

鳥インフルエンザに感染した鳥は、動物愛護管理法第 7 条第 2 項及び第 40 条を踏まえ、感染拡大防止の観点からできる限り苦 痛を与えない方法を用いて殺処分されます。
令和2年度高病原性鳥インフルエンザ国内発生事例について:農林水産省

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210221/k10012878851000.html
WHO | Human infection with avian influenza A (H5N8) – the Russian Federation

下記リンクは、東京大学薬学部の池谷裕二教授の、130年前に流行したコロナウイルスについて触れています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4cdb6399a60bb4abd33cfe71dfb90596a8cd9aa0?page=3
京都大学の山中伸弥教授が、新型コロナウイルスに対しての、ファクターエックス(BCG摂取他による)を、日本人は持っているのではないか?と言われていました
クルーズ船の調査に入り、短時間で下船させられた、神戸大学の岩田健太郎教授は、日本人にファクターエックスはない…とおっしゃっていました。
日本人に、ファクターエックスがあるのか?ないのか?謎ですが…
生活様式、習慣の違いがあっても、インド以外のアジア圏は、比較的感染者が、欧米を始め他地域と比べると抑えられている傾向があるかと思います。
それは、多少なりともの、ファクターエックスのような何かがあって?
日本も、中国と隣接しているので、昔から、様々な感染症が入ってきて、苦しめられた歴史があるのでは?と思います。
記録が残っていなかったり、科学的な証明ができなかったりで、分からない内に、時間の経過と共に自然と終わっていたり…そんな時代もあったのではないかな…⁉️と思いました。
そんな中で、私達、日本人の祖先は、新型コロナウイルスに似た何かの情報、遺伝子のようなものを獲得していて、代々体に受け継がれてきていて、それが、新型コロナウイルスにおける欧米程の、感染爆発を防いでいるのではないのかな⁉️と思います。

【ここからは、2021年1月16日追記】
この記事を投稿したのは、昨年末でしたが、
2021年明け早々に、緊急事態宣言が、各都道府県に続々と発令されています。
コロナの感染力の強い複数の変異種の国内侵入…
冬場の寒い気候により、猛威を奮う、新型コロナ…
今迄、感染リスクは、少ないとされていた場所でも、冬場は、感染リスクを疑って、できる限りの対策をされることが、新型コロナの感染拡大を拡げない方法なのだと思います。
飲食店だけでなく、会社、学校、電車やバス(混雑している)、お店での買い物(換気が不十分で混雑している)
上記は、今は、感染リスクの可能性があると思われます。
家庭内感染を防ぐ為には、外からウイルスを持ちこまないことが一番ですが、
春夏秋の時期には、感染リスクは、低いと言われていた場所も、冬場は感染リスクがある可能性もありますので…

コロナの最大の感染対策は、原始的ですが、ステイホームであり、
ステイホームできない場合は、混雑した場所、密を避けること…
それが難しい場合は、度々、PCR検査を受けて、ご自身が感染していないか❓をご確認されることが、ご家族への感染拡大も防ぐ有効な対策だと思います。
病院の先生が、サージカルマスクの上に、布マスクをして、二重にされていました。
それが、正しい方法かは、分からない…と言われていましたが…
最近、二重マスクにしている方も、見かけるな…と思います。
医療従事者の皆様の、少しでも負担を減らせるように、基本的な感染対策を続けるしか、今はありませんよね。
寒い時期ですが、ソープによる手洗い、部屋の換気、頑張って続けないといけませんよね。
家族以外との会食は、勿論避けて頂いて、
緊急事態宣言が出ている地域は、密になり易い大都市圏が多いので、いかに密を避けられるか?が、重要になってくると思います。
又原始的ですが、感染者の多い地域では、ステイホームが、重要になってくると思います。
【ここまでが、2021年1月16日に追記しました】

東京都の隣県に住む私は、go to トラベルにも疑問で、参加をしていません。
go toトラベルは、人の移動になりますので
、感染者の多い地域に住む人が、感染者の少ない地域に移動することは、感染症の観点では、やはり心配だな…と思います。
go toトラベルが、経済的に有益であることは、勿論のことであると思いますが…
ずっと続けているりりーちゃんとのおでかけ(遠出)も、今年はできませんでした。
りりーちゃんは、今年、少し毛引きをしていましたが、最近は、少し治まってきました。
元気で、活発で、毎日沢山おしゃべりをしています。
優しい性格の男の子に成長しました。
撫で撫でも、抱っこも、相変わらずさせてくれます。(いつまでさせてくれるか分かりませんが…)

6月に、無事に、6歳になりました。
だいぶ、精神的にもお兄さんになりました。
日々見守る、大型鳥の成長は、本当に面白いな…と思います。
大型鳥の飼育は、大変なことも多くありますが、やりがいは、凄くあるな✨と思います。
生き物ですから勿論のことですが、大型鳥の飼育は、そんなに楽ではないかな⁉️と私は思います。(けっこう大変です(笑))
クリスマスには、0歳の頃から続けている、りりーサンタになりました。
7回目のりりーサンタになります。
お兄さんに成長したりりーちゃんは、サンタ帽子を被るのも、かなり嫌そうでした(笑)
長文を最後迄ご覧頂きまして、誠にありがとうございました。

🌸🌸🌸Season's Greetings ☆❄️❄️❄️❄️
✨✨✨✨~Merry Christmas and A Happy New Year~🎄🎄🎄🎄
来年は、コロナが終息に向かう
皆様に、笑顔と元気が戻る
平和を取り戻せる
明るい佳き年に向かいますように
医療従事者の皆様への感謝と共に
皆様のご健康とお幸せを
祈りたいと思います
2020.12.31
